メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
1 メシマズ女とシェフ
季節はグラデーションだと、かつてはそう思っていた。
木枠で囲まれたガラスのドアを開けると、さわやかな空気が流れ込んでくる。今朝は急に秋が濃厚になり、半袖では寒いくらいだった。
「昨日まで暑かったのにな」
白築陽音はほうきと蓋つきのちりとりを持って外に出て、振り返る。
そこにあるのはビストロ『Clair de Lune(月の光)』だ。二階と三階は住居になっており、陽音はそこに夫と住んでいる。
白い壁の下の小さな生垣には緑が植えられ、入り口の庇は赤茶のスレート瓦で葺かれている。
オーナーシェフである夫が古びた雰囲気が気に入って買った中古の物件で、結婚と同時にここで営業を始めて一年、軌道に乗ったと言っていいだろう。
掃除を済ませて戻ると、店内は黄味を帯びたやわらかい光に満ちていた。ベージュの壁には風景画で有名なカミーユ・コローの複製画が飾られている。白いテーブルクロスのかかった濃茶のテーブル席が三つで十二席とカウンターに八席が用意されていた。
淳太と別れたときは、三十一歳でシェフと結婚してビストロで働くことになるとは思ってもみなかった。料理の下手な自分が彼の妻でいいのかという不安は今も胸にある。
「外の掃除、終わったよ」
声をかけると、夫の乃蒼が顔を上げる。フランスで修業をした彼の腕は確かで、店は安定した人気があった。グルメ情報サイトでの口コミも上々で、常連も多い。彼が作った料理を、ホール担当の陽音がお客様に届ける。
「ありがとう」
穏やかな笑みを返され、思わず見とれる。