赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

51.偽物姫は打開策を模索する。

 ぼんやりしていた意識がはっきりし出す。
 咄嗟に息を止めたのと多少なりとこの手の薬に耐性があったおかげか、完全に意識を手放すことはなく割とすぐに身体が自由になった。
 手足が拘束されていなかったので、とりあえず目隠しを外す。

(……目立たないようにって、一人で行動していたのが仇になったわね)

 追いかけたはいいが、シエラの動向を誰かに伝える暇はなかった。
 所詮箱入りの王女には何もできないと思われているのか所持品も取り上げられていないのはありがたい。
 さて、これからどう動くべきかと私は状況を整理する。
 部屋は暗くて湿っぽかったけれど、高い位置にある締め切られた小窓の隙間から日の光がわずかに確認できる。
 地下ではない、ということにほっとしつつあそこからの脱出は難しいわねと諦める。
 馬車に押し込まれて移動した時間から考えて、連れ去られた場所は宮廷からそこまで離れていないはず。
 夜には宴がはじまる。それまでにどうにかして戻らないと、と思考を巡らせていると部屋の隅から小さな呻き声が聞こえた。
 暗がりに目を凝らせば呻き声をあげたその塊は人の形をしていて、着ているドレスに見覚えがあった。

「リタ侯爵令嬢」

 目隠しをされたまま床に転がされているシエラ。
 何故彼女までここに?
 あの男達は彼女の手下ではなかったのかしら?
 疑問は尽きないけど、まぁ、当人に聞けばいいかと手を伸ばしたが、

「いやっーーーー! こ、来ないでっ!! 私に触らないで」

 心底怯えた声が私を拒絶した。
 カタカタと震えているシエラを見て、とりあえずこの誘拐に彼女が絡んでいないことを確信する。
 と同時に、これがきっと普通の令嬢の反応なのねと修羅場に慣れすぎている自分に苦笑した。

「落ち着きなさい、私よ」

 あなたが嵌めようとしたイザベラよ、とわざと意地悪く囁き、乱暴に目隠しを取る。

「なっ!……あなたっ、私にこんなことをしてタダで済むと」

 カタカタと震えつつ、精一杯の勇気をかき集めて睨んでくるシエラにため息をつき、彼女の口を手で覆う。

「静かに。死にたいの?」

 涙目でフルフルと懸命に首を振るシエラにしぃーと人差し指で静かにするよう指示をして手を外す。

「で、こんなことって? むしろ私が聞きたいのだけど」

 どう見ても私は誘拐された側でしょ、と言った私を前にシエラは黙り込む。

「知っていると思うけれど、私この後公務の予定が詰まっているのよ。だから夜の宴までに帰らないといけないの」

「あなたこの状況で何言って」

「あなたこそ、状況分かってる? このままだと最悪、あなた殺されるわよ?」

 私はシエラの言葉を遮って端的に状況を告げる。
 いずれ私が宮廷内にいないことが知れるだろう。
 側妃、という体裁をとっていても所詮私は敗戦国の人質だ。ハリス公国との会談で宮廷内が慌ただしい状況を利用し脱走したなんて言いがかりをつけられても私には覆せない。
 そして、それは私一人の責だけでは済まない。
 国に置いてきた本物のイザベラは勿論、クローゼア全体に今以上に厳しく責が問われるだろう。
 そして、おそらく私に宮廷内を出歩く自由を与えたセルヴィス様も。
 言い訳は後から考えるとして、最悪でも夜会には出なくては。もう1分1秒時間を無駄にはできないし、可能な限り情報が欲しい。
 どんな手段を使っても宮廷に帰る。そう決意し私はじっとシエラのローズピンクの瞳を覗き込む。

「そんなわけっ……私はリタ侯爵家の人間なのよ」

「で? それが何? まさかこれがお金目的の誘拐だとでも思ってるの?」

 私達を攫った輩は宮廷内の衣装室に潜み短時間で私達を連れ去った。
 ということはあの場に私達があの時間現れるよう仕組み、宮廷内に賊を手引きした人間がいる。

「あなた、利用されて捨てられたのよ。状況的に一刻の猶予もないわよ?」

 助かりたいなら洗いざらい知ってる事を吐きなさい、と要求した私に。

「ふん、アンタなんかに騙されないわよ」

 いつもの調子を取り戻したらしいシエラは反抗的な目を向け睨む。
 助けが来る、とでも確信しているかのように。

「おめでたいわね。グレイスに裏切られたっていうのに」

 挑発するようにこれみよがしにため息をついた私はシエラにカマをかける。

「彼女なのでしょう? あなたの共謀相手は」

 私の問いにローズピンクの瞳が揺れる。やはりシエラは素直過ぎる。

「知らないわ。仮に何か知っていたとしても、私は何も話さない」

 だけど彼女はこんな状況でも決してグレイスを売ろうとはしなかった。
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