赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

52.偽物姫の爪痕。

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「イザベラがいなくなった、だと?」

 その知らせがセルヴィスの耳に入ったのは、会談が無事終了し宴に移るまでの小休憩の時間だった。

「なぜもっと早く報告しなかった」

 静かな怒りと殺気がないまぜになった圧に報告した従者はひゅっと息を飲む。
 近くにいるだけで、失神しそうなほどの威圧感に言葉が紡げなくなった彼らの代わりにオスカーが現状を伝える。

「護衛なら部屋につけていれば十分だといってイザベラ妃が下がらせていたそうです。元々廷内から出る予定もありませんでしたし、ここに来てから半年近く彼女が従順だったため警備が緩くなっていたようですね」

 宮廷内で表立ってセルヴィスに歯向かうものはいない。
 が、ハリス公国の人間がこの地に足を踏み入れている以上、何が起こるかわからない。いつも以上に警戒し、忠誠心が厚くすぐ動ける者のほとんどをセルヴィスの近くに配置したのも事態の把握が遅れた原因となった。

「恐れながら、陛下! やはりクローゼアの人間など信頼するに値しなかったのです」

 誰にも気づかれずに忽然と消えることなど不可能だ、と主張した家臣を皮切りに、

「そうです! きっと彼女は手薄になった隙をついて逃げた違いないっ」

「陛下にあれほど温情をかけていただいたというのに、なんと恥知らずな」

 ざわざわとイザベラに対する悪評と不満が噴出する。
 イザベラが重要な宴を前に失踪。
 一つの波紋は小さな小石を水面に落とした時のように瞬く間に不信感として広がっていく。
 
「もしや、ハリス公国とも繋がっているのでは?」

 憶測が真実のように語られ、そうに違いないと声が大きくなりかけたとき。

「自分達の失態を棚に上げ、随分と威勢良く喚くな?」

 低く重い声が部屋に響いた。

「何をしている」

 セルヴィスが一声上げただけで、ずんっとその場の空気が重くなり瞬時に部屋は静まりかえる。

「いずれにせよ、イザベラを確保すれば済む話だ。本人からの申開きを聞こうじゃないか」

 セルヴィスは紺碧の瞳で薄く笑い、

「草の根をかき分けてでも探せ。宴までに連れ戻さねば、お前たちの首は繋がっていないと思え」

 無駄話をする暇はないと命を下す。
 それを受け、弾かれたように家臣達は出て行った。

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