赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

63.偽物姫は歴史を語る。

「カルーテ……?」

「聞いた事ないですよね。カルーテの文字はもう、私達の名前にしか残ってませんから」

 イザベラ・カルーテ・ロンドライン。
 リィル・カルーテ・ロンドライン。
 公式的には療養中となっている母が亡き今、"カルーテ"の名は私達の中にしか存在しない。

「かつて、クローゼアが滅ぼした国です。母との約束を反故にして」

 それは史実とは異なる、サーシャ先生から懺悔と共に語られた話。

「カルーテは小さな国ではあったけれど、穏やかで平和な国だったと聞いています。クローゼアの王が母に目をつけるまでは」

 クローゼアの王、つまり私とイザベラの父は、美しく聡明な姫シャーロットを欲した。
 どんな手段でも厭わずに講じるほどに。

「小さな国ですから、クローゼアに抗う術はありませんでした。無差別大量虐殺でも行わない限り、戦況はひっくり返らない。そうして生み出されたのが"死の霧"です」

 カルーテは小さな国ではあったけれど、薬学に精通しており、優秀な薬師が多数存在した。
 その中でも一際才を有していたのが母シャーロットの側近であり、宮廷薬師のサーシャ先生だった。
 先生が扱うのは人に有用なモノだけではない。媚薬、爆薬、毒薬、と、薬と名のつくもの全てがサーシャ先生の守備範囲。

「でも、それが実際に使われることはありませんでした」

 クローゼアに取り込まれ、シャーロットがあの愚王の手に落ちるくらいならいっそのこと、と先生が作り出した毒薬が撒かれるより早く、母は独断でクローゼア王に嫁いだ。
 カルーテの国民が一人でも生き残れるように、と。
 毒婦と呼ばれても、売国奴と後ろ指を指されても。母はカルーテの人間が一人でも多く生き残れる道を選んだ。
 国が滅ぼされることも織り込み済みだったのだろう。影のように父に付き従い、能力搾取される傍らで、こっそりカルーテの人間が虐げられない政策を組み込み彼らを保護した。

『朱に交われば赤くなる。ヒトとは案外変化に強い生き物ですよ』

 母は生涯私達をカルーテの人間として扱わなかった。
 私達は亡国の王族ではなく、クローゼアの人間だ、と。

「だから、これは存在自体露見しないはずのものだったのに」

 サーシャ先生が死の霧の存在を私に教えたのは、毒の危険性とかつての過ちを私に教えるためだ。
 私が先生と同じ道を歩まないように、と。
 だが、なぜか今その最悪の毒薬は、ここ帝国に存在する。

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