赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
8.偽物姫は奇跡を待たない。
それからまもなく、妃の住まいである後宮エリアから何人かの女官が消えた。
「そのご様子から察するに私は陛下のお役に立てたようですね」
「ああ、そうだな」
日中だというのに本館からわざわざ後宮に私を訪ねてきたセルヴィス様は短くそう答える。
セルヴィス様は今日も獲物を狙う狼のような目をしていて、ずっと冷たい態度を崩さない。
これがセルヴィス様のデフォルトなのだろうと、どこかイザベラに似ていると彼を観察しながら私は紅茶にミルクを垂らしクルクルとかき混ぜる。
「ふふ、安心なさって? 今回は何も入っていないようですから」
先に一口お茶を飲んだ私はそう言ってセルヴィス様に用意させた飲み物を勧めた。
「……イザベラは随分薬学に精通しているのだな」
「こんな職業についていたら、嫌でも詳しくなるでしょう」
例えば"毒"とか。
と言った私の真意を探ろうと双眸が鋭くなる。セルヴィス様の圧がすごくて、息をするのも苦しくなりそうなのだけど。
「自分の身は自分で守るほかありませんから」
と私は淡々とした口調で続ける。
嘘ではない。私はサーシャ先生に教えを乞い、あの魔窟で身を削りながら自分達を守る武器を身につけた。
「それで、どこの家の間者だったのです? 皇帝陛下の花園から情報を抜こうとする不届者は」
私は可能性の高そうな家の名前をいくつか上げる。
「イザベラは随分と他国の秘匿情報に明るいようだな」
セルヴィス様は私の言葉に顔色一つ変えず、淡々と私をそう評価した。
「そうだと思ったから、私を人質にご指名なさったのでしょう?」
何の準備もせずに来るとお思いで? と私はさも楽しそうに無邪気に笑ってみせる。
少しでも、自分の価値を高く見せるために。
「陛下の本日の御用向きを当ててあげましょうか?」
「ぜひ聞きたいな」
この程度で動じないあたりさすが皇帝陛下というべきか、と愚王との違いに苦笑しながら紺碧の瞳に向けて私は言葉を紡ぐ。
「暴きにきたのでしょう? "暴君王女"は虚像でありイザベラが実質的なクローゼアの支配者であった場合、たった14で国を立て直したイザベラは果たして大人しく帝国の側妃に成り下がるような人間だろうか? と」
セルヴィス様は私の話を聞きながらとても興味深そうに私を見つめる。
「君は確かに俺が見初めたイザベラ・カルーテ・ロンドラインだ」
見初めた、ねぇ?
利用する気満々の癖によくいう。私のお姉様に手出しなんてさせないわよと毒吐き見返した私に、
「で、大人しく単身で乗り込んで来て君は何を企んでいる?」
セルヴィス様は楽しげな口調でそう聞いた。
「あら酷い。来いというから素直に嫁いで参りましたのに」
大袈裟に肩をすくめた私に、
「イザベラ。君はそう簡単に白旗を上げるタイプじゃないだろう」
と確信を持った声でセルヴィス様が告げる。
「戦略の練り方が王妃殿下にそっくりだ」
ふいに出たお母様の名前に私は驚き、目を瞬かせる。
それは、私達が身近で学び最も参考にした国の運営方法だったから。
「先のクローゼア戦で、俺は徹底的に君を調べた。随分、苦心し葛藤しそれでもなお覚悟を決めて選んできたんだろうなと思ったよ。特に一昨年の冷害対策は見事だった」
セルヴィス様からの真っ直ぐな賛辞に私は自分の頬が高揚するのを感じる。
『いいのよ。私の功績である必要はないわ。民が健やかであるのなら、誰に認められなくても構わない』
「そう! そうなのっ!!」
私は思わずセルヴィス様の手を両手で握りしめて、前のめり気味にそう叫ぶ。
本当は『私のお姉様は本当にすごいのよ』と目一杯自慢したかった。
暴君王女と罵られ、時には石を投げつけられても決して舞台から降りず、王女で有り続ける事を選んだ聡明で美しいイザベラ。
そんなイザベラの功績を、血の滲むような努力を、正確に読み解き理解してくれた人がいる。それが、何より嬉しくて、涙が出そうだった。
「そのご様子から察するに私は陛下のお役に立てたようですね」
「ああ、そうだな」
日中だというのに本館からわざわざ後宮に私を訪ねてきたセルヴィス様は短くそう答える。
セルヴィス様は今日も獲物を狙う狼のような目をしていて、ずっと冷たい態度を崩さない。
これがセルヴィス様のデフォルトなのだろうと、どこかイザベラに似ていると彼を観察しながら私は紅茶にミルクを垂らしクルクルとかき混ぜる。
「ふふ、安心なさって? 今回は何も入っていないようですから」
先に一口お茶を飲んだ私はそう言ってセルヴィス様に用意させた飲み物を勧めた。
「……イザベラは随分薬学に精通しているのだな」
「こんな職業についていたら、嫌でも詳しくなるでしょう」
例えば"毒"とか。
と言った私の真意を探ろうと双眸が鋭くなる。セルヴィス様の圧がすごくて、息をするのも苦しくなりそうなのだけど。
「自分の身は自分で守るほかありませんから」
と私は淡々とした口調で続ける。
嘘ではない。私はサーシャ先生に教えを乞い、あの魔窟で身を削りながら自分達を守る武器を身につけた。
「それで、どこの家の間者だったのです? 皇帝陛下の花園から情報を抜こうとする不届者は」
私は可能性の高そうな家の名前をいくつか上げる。
「イザベラは随分と他国の秘匿情報に明るいようだな」
セルヴィス様は私の言葉に顔色一つ変えず、淡々と私をそう評価した。
「そうだと思ったから、私を人質にご指名なさったのでしょう?」
何の準備もせずに来るとお思いで? と私はさも楽しそうに無邪気に笑ってみせる。
少しでも、自分の価値を高く見せるために。
「陛下の本日の御用向きを当ててあげましょうか?」
「ぜひ聞きたいな」
この程度で動じないあたりさすが皇帝陛下というべきか、と愚王との違いに苦笑しながら紺碧の瞳に向けて私は言葉を紡ぐ。
「暴きにきたのでしょう? "暴君王女"は虚像でありイザベラが実質的なクローゼアの支配者であった場合、たった14で国を立て直したイザベラは果たして大人しく帝国の側妃に成り下がるような人間だろうか? と」
セルヴィス様は私の話を聞きながらとても興味深そうに私を見つめる。
「君は確かに俺が見初めたイザベラ・カルーテ・ロンドラインだ」
見初めた、ねぇ?
利用する気満々の癖によくいう。私のお姉様に手出しなんてさせないわよと毒吐き見返した私に、
「で、大人しく単身で乗り込んで来て君は何を企んでいる?」
セルヴィス様は楽しげな口調でそう聞いた。
「あら酷い。来いというから素直に嫁いで参りましたのに」
大袈裟に肩をすくめた私に、
「イザベラ。君はそう簡単に白旗を上げるタイプじゃないだろう」
と確信を持った声でセルヴィス様が告げる。
「戦略の練り方が王妃殿下にそっくりだ」
ふいに出たお母様の名前に私は驚き、目を瞬かせる。
それは、私達が身近で学び最も参考にした国の運営方法だったから。
「先のクローゼア戦で、俺は徹底的に君を調べた。随分、苦心し葛藤しそれでもなお覚悟を決めて選んできたんだろうなと思ったよ。特に一昨年の冷害対策は見事だった」
セルヴィス様からの真っ直ぐな賛辞に私は自分の頬が高揚するのを感じる。
『いいのよ。私の功績である必要はないわ。民が健やかであるのなら、誰に認められなくても構わない』
「そう! そうなのっ!!」
私は思わずセルヴィス様の手を両手で握りしめて、前のめり気味にそう叫ぶ。
本当は『私のお姉様は本当にすごいのよ』と目一杯自慢したかった。
暴君王女と罵られ、時には石を投げつけられても決して舞台から降りず、王女で有り続ける事を選んだ聡明で美しいイザベラ。
そんなイザベラの功績を、血の滲むような努力を、正確に読み解き理解してくれた人がいる。それが、何より嬉しくて、涙が出そうだった。