赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
70.偽物姫と代償。
私が淹れたハーブティーをゆっくり飲んだ後、
「売国の件は内容を精査した。概ね問題ない。が、いくつか質問と君の提示した条件に付け加えたいものがある」
セルヴィス様は静かに話を切り出した。
「なんでしょうか?」
初めから全部を呑んでもらえるとは思っていない。譲れるところはギリギリまで妥協するつもりだ。
イザベラの身の安全が保証されればそれでいい。
「君はどうやって父親から全権代理を得る気だ?」
「そこは企業秘密ですわ」
イザベラが公務に関わり出して5年。彼女はこっそり自分の支持者を増やしてきた。
この状態で愚王が動けなくなれば、自ずとイザベラに全権が渡る。
あの人を道連れにする策なら飽きるほど練った。あとはクローゼアに戻って実行するだけ。
「クローゼアが我が国の領地になったとして、そこを統括するのは君でなくてはならないか?」
「それは勿論、私」
「君がここにいても、クローゼアが回るなら他の者に任せられるんじゃないか?」
私の言葉を遮ってセルヴィス様が言葉を重ねる。
「君は、クローゼアが国である事に拘らないと言った。玉座にそれほど執着がないなら、より確実にクローゼアの民を守れる他の方法を取るという選択もあるのでは?」
その声はまるで懇願しているようで、私に向けられた紺碧の瞳は熱を帯びていて。
「セルヴィス……様?」
困惑しながら名を呼んだ私を見つめ、グシャっと自身の黒髪を掻きむしったセルヴィス様は、
「ベラ、俺は君の望みを聞けそうにない」
と吐き出すようにそう言った。
「……えっ? だって、クローゼアの人材は必要だと。売国を前向きに検討してもいいとおっしゃったではありませんかっ!?」
どうして今更、と青ざめる私を抱きしめて。
「そうじゃない。イザベラ・カルーテ・ロンドラインには決して惚るな、という方だ」
セルヴィス様は約束は守れない、と繰り返す。
「ベラ。俺は君が好きだ」
私の耳に聞き慣れた低い声が響く。
驚く私の手を取り傅いたセルヴィス様は、私の目を見て言葉を紡ぐ。
「君をあっさり人質に出すような、君の才を搾取し、君を傷つける国に俺は君を返したくない」
その目はとても真摯で誠実な色をしていて。
「君が国を憂うなら、俺が君の剣にでも盾にでもなろう」
彼から溢れる言葉は全て優しくて。
「ベラ、どうかこれから先も俺の側にいてくれないだろうか?」
全部、偽物の私が受け取ることのできない言葉だった。
「陛下」
泣くな、と私は自分を叱咤する。
私に関わる全ては何もかも偽物だ。
クローゼア王国第一王女という身分。
今名乗っているイザベラという名前。
敵国に身代わりとして差し出すためだけに用意された誰かの経歴。
全部、全部、真っ赤な嘘。
だから、答えなんて最初から決まっていた。
「私は陛下のお気持ちにお応えすることは、できません」
本当の私はイザベラではなく、なんの力もないリィル。
そして、私にはこれから先の時間なんてないのだから。
「ごめんなさい」
話はお仕舞い、と手を離し背を向けた時だった。
身体から力が抜け、私はその場にうずくまる。
「……っ」
「ベラ! しっかりしろ!」
痛みに苦しむ私の耳にセルヴィス様の声が届く。
今までこれほど大きな発作はなかった。
「ベラ……イザベラ!!」
ああ、今回は本当に不味いかもしれない。
息の仕方が分からず、頭がぼーっとする中で私の頭にある考えが浮かぶ。
アルカが帰って行ってから数日、彼女の提示した可能性をずっと考えていた。
『リープ病への魔力によるアプローチ』
そして、その仮説はおそらく合っている。
どうして、黒狼に触れている時、痛みが引くのか? と常々疑問だった。
獣人であるセルヴィス様はその身を狼の姿に変えられる程の魔力を保有している。
おそらく並の魔術師とは比較にならないほどの魔力を。
触れるだけでも痛みが緩和する。
なら、そんな彼の魔力を直接摂取したなら?
(……私は好きな人の好意でさえ踏み躙るのか)
自分の浅ましさに吐き気がする。
だが、それでも助かりたい、と思った。
どうしても今ここで死ぬわけにはいかない。
だから、私はみっともなく"生"に縋る。
たとえ、恋心を代償にしても。
「……ヴィー」
セルヴィス様を呼び、彼に手を伸ばす。
「イザベラ」
私を抱き抱え、近距離で心配そうに覗く紺碧の瞳。
私の、大好きな色。
「……ヴィー、どうか」
私は残っている力を振り絞り、身体を動かすと、
「私を嫌って」
私は彼に口づけた。
「売国の件は内容を精査した。概ね問題ない。が、いくつか質問と君の提示した条件に付け加えたいものがある」
セルヴィス様は静かに話を切り出した。
「なんでしょうか?」
初めから全部を呑んでもらえるとは思っていない。譲れるところはギリギリまで妥協するつもりだ。
イザベラの身の安全が保証されればそれでいい。
「君はどうやって父親から全権代理を得る気だ?」
「そこは企業秘密ですわ」
イザベラが公務に関わり出して5年。彼女はこっそり自分の支持者を増やしてきた。
この状態で愚王が動けなくなれば、自ずとイザベラに全権が渡る。
あの人を道連れにする策なら飽きるほど練った。あとはクローゼアに戻って実行するだけ。
「クローゼアが我が国の領地になったとして、そこを統括するのは君でなくてはならないか?」
「それは勿論、私」
「君がここにいても、クローゼアが回るなら他の者に任せられるんじゃないか?」
私の言葉を遮ってセルヴィス様が言葉を重ねる。
「君は、クローゼアが国である事に拘らないと言った。玉座にそれほど執着がないなら、より確実にクローゼアの民を守れる他の方法を取るという選択もあるのでは?」
その声はまるで懇願しているようで、私に向けられた紺碧の瞳は熱を帯びていて。
「セルヴィス……様?」
困惑しながら名を呼んだ私を見つめ、グシャっと自身の黒髪を掻きむしったセルヴィス様は、
「ベラ、俺は君の望みを聞けそうにない」
と吐き出すようにそう言った。
「……えっ? だって、クローゼアの人材は必要だと。売国を前向きに検討してもいいとおっしゃったではありませんかっ!?」
どうして今更、と青ざめる私を抱きしめて。
「そうじゃない。イザベラ・カルーテ・ロンドラインには決して惚るな、という方だ」
セルヴィス様は約束は守れない、と繰り返す。
「ベラ。俺は君が好きだ」
私の耳に聞き慣れた低い声が響く。
驚く私の手を取り傅いたセルヴィス様は、私の目を見て言葉を紡ぐ。
「君をあっさり人質に出すような、君の才を搾取し、君を傷つける国に俺は君を返したくない」
その目はとても真摯で誠実な色をしていて。
「君が国を憂うなら、俺が君の剣にでも盾にでもなろう」
彼から溢れる言葉は全て優しくて。
「ベラ、どうかこれから先も俺の側にいてくれないだろうか?」
全部、偽物の私が受け取ることのできない言葉だった。
「陛下」
泣くな、と私は自分を叱咤する。
私に関わる全ては何もかも偽物だ。
クローゼア王国第一王女という身分。
今名乗っているイザベラという名前。
敵国に身代わりとして差し出すためだけに用意された誰かの経歴。
全部、全部、真っ赤な嘘。
だから、答えなんて最初から決まっていた。
「私は陛下のお気持ちにお応えすることは、できません」
本当の私はイザベラではなく、なんの力もないリィル。
そして、私にはこれから先の時間なんてないのだから。
「ごめんなさい」
話はお仕舞い、と手を離し背を向けた時だった。
身体から力が抜け、私はその場にうずくまる。
「……っ」
「ベラ! しっかりしろ!」
痛みに苦しむ私の耳にセルヴィス様の声が届く。
今までこれほど大きな発作はなかった。
「ベラ……イザベラ!!」
ああ、今回は本当に不味いかもしれない。
息の仕方が分からず、頭がぼーっとする中で私の頭にある考えが浮かぶ。
アルカが帰って行ってから数日、彼女の提示した可能性をずっと考えていた。
『リープ病への魔力によるアプローチ』
そして、その仮説はおそらく合っている。
どうして、黒狼に触れている時、痛みが引くのか? と常々疑問だった。
獣人であるセルヴィス様はその身を狼の姿に変えられる程の魔力を保有している。
おそらく並の魔術師とは比較にならないほどの魔力を。
触れるだけでも痛みが緩和する。
なら、そんな彼の魔力を直接摂取したなら?
(……私は好きな人の好意でさえ踏み躙るのか)
自分の浅ましさに吐き気がする。
だが、それでも助かりたい、と思った。
どうしても今ここで死ぬわけにはいかない。
だから、私はみっともなく"生"に縋る。
たとえ、恋心を代償にしても。
「……ヴィー」
セルヴィス様を呼び、彼に手を伸ばす。
「イザベラ」
私を抱き抱え、近距離で心配そうに覗く紺碧の瞳。
私の、大好きな色。
「……ヴィー、どうか」
私は残っている力を振り絞り、身体を動かすと、
「私を嫌って」
私は彼に口づけた。