赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

75.偽物姫へのお誘い。

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 正妃の座に近かった四家の令嬢を退けても、セルヴィスの足元を掬おうとする政敵はまだまだ多い。
 そのため定期的に寵妃と過ごし、あえて隙を見せる囮作戦は続行中、なのだが。

「いいお茶ですね、陛下」

 茶の匂いを堪能し、ゆっくりお茶を飲み込んで、幸せそうにほっと息をつく彼女。
 多少手間はかかったが彼女のために取り寄せた甲斐があったとセルヴィスは内心で満足気に彼女を眺める。
 暴君王女、イザベラ・カルーテ・ロンドライン。国を背負い、一人で交渉に来た勇ましい王女様。
 側妃、なんて名ばかりの人質で。
 寵妃、なんて利用できれば儲けものくらいの気持ちではじめた賭け事だった。
 だけどそんなイザベラと過ごすうち、彼女が本当に自分の弱点になってしまうだなんて思わなかったとセルヴィスは自分自身の変化に驚き苦笑する。

「このお茶とても好きです。ありがとうございます」

 と彼女は微笑んで、お茶の礼を述べる。
 熱めの飲み物が苦手な彼女が気に入ればと少し低温で淹れると美味しく飲める種類のお茶を取り寄せてみたセルヴィスの読みは当たりらしく、とても大事そうに飲む姿はまるで小動物のようで愛らしい。
 
「イザベラならそう言うと思って、多めに取り寄せた。好きなだけ飲むといい」

 そう言った途端イザベラの表情が一瞬凍りついた。それはよく見ていないと分からないほど僅かな変化。

「どうした、ベラ?」

 笑顔を心がけ尋ねても、

「なんでもありませんわ」

 こんな時、彼女は笑うだけで絶対に理由を答えない。人前であろうがなかろうが、それは彼女がこの国に来てからずっと貫いているスタンスだった。
 イザベラ、という名前はいつだって彼女にのしかかる重責を思い出させる。
 天色の瞳はこちらを見ているようで、どこか上の空。
 責任感の強い彼女の事だから、きっと今も祖国を憂いているのだろうが、セルヴィスは無性に腹立たしくなる。
 彼女を縛り付けるクローゼアに対して。
 それは嫉妬、と呼んでもいいかもしれない独占欲。

「ベラ。春になったら、大々的に式をあげよう」

 ふと、思いつきでそんなことを口にしてみれば、

「お式、ですか?」

 彼女は驚いたようにゆっくり目を瞬かせ意識をセルヴィスに向けた。

「ああ、婚姻の時は書類にサインをしただけで、ずっとベラの正式な披露目をしていなかったろう。庭園の花が、全部咲き誇ったらそれはそれは見事なんだ。きっと気に入る」

 話しながら、セルヴィスはその情景を思い浮かべる。
 植物が好きな彼女は庭園の咲き誇る花に目を輝かせるだろうし、艶やかな婚礼衣装は彼女をさらに美しく見せるだろう。
 
「今まで興味はなかったが、イザベラの花嫁姿は見てみたい」

 だけどそれは彼女が望んでくれたら、の話。

「どうした? そんなに浮かない顔をして」

 コチラを見る彼女の天色の瞳は悲しげな色をしていて。

「浮かない顔? ふふ、違いますよ。陛下がそんなこと言うなんて思ってもみなかったから驚きすぎて言葉が出なかったんです」

 優しげな声音で、今日も静かに嘘を紡ぐ。

「陛下が絶賛するなんて、きっととても見事なんでしょうね。今からとても楽しみですわ」

 彼女が演じる寵妃はとても優秀で、実際こちらを微笑ましげに見ている観客(臣下)達は微塵も自分達の関係を疑っていない。
 だけど、セルヴィスにはまるでそんな日は来ない、と彼女に言われているかのように聞こえた。
 そしてそれはおそらく合っている。
 隠すのが上手い彼女の僅かな変化を見逃すまいと、ずっと彼女を観察し続けているのだから、間違いようがない。

「……なら、本当に(・・・)楽しみになるようにするまでだ」

 他人に見せるには、充分な時間を取った。
 今日の釣りはこの辺でいいだろうと判断したセルヴィスは静かに立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。

「陛下? どうなさいました?」

「そろそろ二人きりになりたいな、と」

 紙切れ一枚の関係に興味はない。
 欲しいのは、彼女の全部を独占する権利。

「行こうか、イザベラ。君の憂いを晴しに」

 そのためなら手段は選ばない。
 どうせ彼女は大人しく待つ事も助けを求める事もしてくれない。
 なら隠し立てなどせず、はじめから巻き込めばいい。
 彼女に降りかかる火の粉は全て払えばいいだけなのだから。
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