赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
78.偽物姫の開幕宣言。
地下牢を出た私は部屋に戻り、エリックの話を反芻する。
エリックが語った筋書きは私にとって最悪のものだった。
『今からクローゼアで王の首を討ち取るための反逆が起こる。首謀者はサーシャ・アステラード。亡国カルーテの宮廷薬師だ』
勿論、サーシャ先生はそんなことを企だてたりしない。
だが、お母様が亡くなりカルーテの民が顧みられなくなった今、そう仕立て上げるのは難しくない。
不満の溜まったカルーテ出身者を扇動し、先生を捉えて処刑してしまえばカルーテの民による報復の物語の出来上がりだ。
『敗戦し、ただでさえ落ち着かない中でのクーデター。助力を求められ国民を保護するという大義名分があれば、ハリス公国は堂々とクローゼアに乗り込める。あとは混乱に乗じて助けを求めてきた相手の首を刎ねるだけ。これは、初めからクローゼアを侵略するためのジェシカ・ローウェンによる策略だよ』
もともとクローゼア王は碌に国など治めていない。
ただでさえ戦後の後処理に追われ、碌に機能していない中枢機関。
直系で王位継承権一位だったイザベラは婚姻によりクローゼアを出たことで国にいないことになっている。
今の状態なら尚更、その王位は誰の手にも届きやすい場所にあるだろう。
だとしても。
「……クローゼアを狙ったって、大して得られるものなんてないでしょうに」
そう見えるようにイザベラと工作してきた。たとえジェシカ・ローウェンがクローゼアの貴族を抑えていたとしても、隠し財産やそれに類する情報は出てこないはずなのに。
「何でこんなことにっ」
エリックの言葉が上手く処理できず、震える指で地図を広げていると、
「ここだろう? 先程言っていた、君の予測より持ち堪えた地域は」
後ろから声が落ちて来て、長い指がトンっととある場所を指す。
「そう、です」
元々王領だったそこは王弟が臣下に降る時公爵領の一部として渡され、現在はその子、つまり私達の従兄弟が治める領地になっている。
「どうしてお分かりに?」
「簡単な事だ。ここで苦戦を強いられたのは俺だぞ?」
クスッと笑ったセルヴィス様は地図上で指を滑らせ、
「ここだけ、兵士の士気が違った。まるで最初から援軍が来る事を分かっていたみたいに。おかげで終わらせるのに予定より2日もかかった」
その時の事を思い出すように語る。
まぁ結局のところ稚拙な戦略はセルヴィス様の戦闘能力の前に脆くも崩れたわけだけど。
「これより前にローウェンファミリアの介入があった可能性が高い。物資を補給するならここだな」
そこは、小さな港町で公爵領になってからは上手く機能せずとても寂れた場所になったけれど。
「前々からいい位置にあるな、と思っていた。例えばここで燃料補給を行えればもっと安全な航路で他国に渡れる」
『どうにかして隠せないかしら、ココ』
地方の公共事業を推し進めていた時、イザベラが地図を眺めてつぶやいたことがある。
どうして、と不思議そうに尋ねた私に、
『まだ時期じゃないから』
しぃーと内緒話でもするかのように笑ったイザベラ。
「なる、ほど」
私が思っていた以上に、クローゼアには価値があったらしい。
この港町が上手く発展していたら、重要な交易拠点になっていただろう。例えば、関税を高くしても経由せざるを得ないほどに。
「落ち着け、イザベラ。まだ事は起きていない」
低くよく通る声が耳朶に響き、
「そして、君には俺がいる。言っただろう? 君の盾にでも剣にでもなる、と」
伸びてきた手が私の頭を優しく撫でる。
「暴君王女イザベラ・カルーテ・ロンドラインはこんなところで負けたりしない」
ああ、そうだ。
私は今、暴君王女イザベラ・カルーテ・ロンドラインだ。
目を閉じて、私は成りたい自分を思い浮かべる。
舞台上でスポットライトが常に当たる主演女優のようなイザベラ。
眩しいくらいに輝いて、無邪気を装い相手を手の平で転がす暴君王女。
「ええ、勿論です」
私はイザベラと同じ天色の瞳を開ける。
私達の暴君王女はこんなところで負けたりしない。
「セルヴィス様。私と賭け事をしませんか? お題はそう……隠れ鬼なんていかがでしょう?」
そう言ってセルヴィス様を誘う。
「何か考えついたようだな」
私の誘いを受け不敵に笑ったセルヴィス様は冷酷無慈悲な皇帝陛下の顔で、
「何を賭ける?」
と私に問うた。
「私の"全て"を」
ゲームを楽しむ暴君王女《イザベラ》らしく傲慢な笑みを浮かべ、
「"私"を見つけて、暴いてください。本当に私が欲しいなら」
私にできる一番綺麗な礼をした。
エリックが語った筋書きは私にとって最悪のものだった。
『今からクローゼアで王の首を討ち取るための反逆が起こる。首謀者はサーシャ・アステラード。亡国カルーテの宮廷薬師だ』
勿論、サーシャ先生はそんなことを企だてたりしない。
だが、お母様が亡くなりカルーテの民が顧みられなくなった今、そう仕立て上げるのは難しくない。
不満の溜まったカルーテ出身者を扇動し、先生を捉えて処刑してしまえばカルーテの民による報復の物語の出来上がりだ。
『敗戦し、ただでさえ落ち着かない中でのクーデター。助力を求められ国民を保護するという大義名分があれば、ハリス公国は堂々とクローゼアに乗り込める。あとは混乱に乗じて助けを求めてきた相手の首を刎ねるだけ。これは、初めからクローゼアを侵略するためのジェシカ・ローウェンによる策略だよ』
もともとクローゼア王は碌に国など治めていない。
ただでさえ戦後の後処理に追われ、碌に機能していない中枢機関。
直系で王位継承権一位だったイザベラは婚姻によりクローゼアを出たことで国にいないことになっている。
今の状態なら尚更、その王位は誰の手にも届きやすい場所にあるだろう。
だとしても。
「……クローゼアを狙ったって、大して得られるものなんてないでしょうに」
そう見えるようにイザベラと工作してきた。たとえジェシカ・ローウェンがクローゼアの貴族を抑えていたとしても、隠し財産やそれに類する情報は出てこないはずなのに。
「何でこんなことにっ」
エリックの言葉が上手く処理できず、震える指で地図を広げていると、
「ここだろう? 先程言っていた、君の予測より持ち堪えた地域は」
後ろから声が落ちて来て、長い指がトンっととある場所を指す。
「そう、です」
元々王領だったそこは王弟が臣下に降る時公爵領の一部として渡され、現在はその子、つまり私達の従兄弟が治める領地になっている。
「どうしてお分かりに?」
「簡単な事だ。ここで苦戦を強いられたのは俺だぞ?」
クスッと笑ったセルヴィス様は地図上で指を滑らせ、
「ここだけ、兵士の士気が違った。まるで最初から援軍が来る事を分かっていたみたいに。おかげで終わらせるのに予定より2日もかかった」
その時の事を思い出すように語る。
まぁ結局のところ稚拙な戦略はセルヴィス様の戦闘能力の前に脆くも崩れたわけだけど。
「これより前にローウェンファミリアの介入があった可能性が高い。物資を補給するならここだな」
そこは、小さな港町で公爵領になってからは上手く機能せずとても寂れた場所になったけれど。
「前々からいい位置にあるな、と思っていた。例えばここで燃料補給を行えればもっと安全な航路で他国に渡れる」
『どうにかして隠せないかしら、ココ』
地方の公共事業を推し進めていた時、イザベラが地図を眺めてつぶやいたことがある。
どうして、と不思議そうに尋ねた私に、
『まだ時期じゃないから』
しぃーと内緒話でもするかのように笑ったイザベラ。
「なる、ほど」
私が思っていた以上に、クローゼアには価値があったらしい。
この港町が上手く発展していたら、重要な交易拠点になっていただろう。例えば、関税を高くしても経由せざるを得ないほどに。
「落ち着け、イザベラ。まだ事は起きていない」
低くよく通る声が耳朶に響き、
「そして、君には俺がいる。言っただろう? 君の盾にでも剣にでもなる、と」
伸びてきた手が私の頭を優しく撫でる。
「暴君王女イザベラ・カルーテ・ロンドラインはこんなところで負けたりしない」
ああ、そうだ。
私は今、暴君王女イザベラ・カルーテ・ロンドラインだ。
目を閉じて、私は成りたい自分を思い浮かべる。
舞台上でスポットライトが常に当たる主演女優のようなイザベラ。
眩しいくらいに輝いて、無邪気を装い相手を手の平で転がす暴君王女。
「ええ、勿論です」
私はイザベラと同じ天色の瞳を開ける。
私達の暴君王女はこんなところで負けたりしない。
「セルヴィス様。私と賭け事をしませんか? お題はそう……隠れ鬼なんていかがでしょう?」
そう言ってセルヴィス様を誘う。
「何か考えついたようだな」
私の誘いを受け不敵に笑ったセルヴィス様は冷酷無慈悲な皇帝陛下の顔で、
「何を賭ける?」
と私に問うた。
「私の"全て"を」
ゲームを楽しむ暴君王女《イザベラ》らしく傲慢な笑みを浮かべ、
「"私"を見つけて、暴いてください。本当に私が欲しいなら」
私にできる一番綺麗な礼をした。