赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

84.偽物姫の手札。

「無理よっ! お父様に繋がる証拠なんて何も残してないわ」

「あら、本当に? キャメル伯爵に悟られないようにエリックを使ってシエラを争いの渦中から逃そうと画策するあなたが?」

「……っ」

 手札は二手三手と用意しているのではなくて? と目で問いかければ、グレイスは唇を噛み締め沈黙し、私から逃れるように視線を落とした。

「帝国に……いえ、あなたの人生を略奪する影を終わらせられるわ。私と陛下なら」

「無理よっ!! ……お父様から逃れるなんて、できっこない」

 遮るように耳を覆ったグレイスは、

「私が、一度も反抗心を抱かなかったと思う?」

 絶望と悲痛の叫びを上げた。

「無駄なのよ、全部。先回りして潰される。この世界の何処にも逃げ場なんてない。全て、お父様の手の内なのだから」

 期待させないで、と私を拒絶するその姿は彼女の今までを察するに余りあるものだった。

「そう。では、"偽物"を演じるあなたの矜持は何処にあるの?」

「……矜……持……?」

 ぽつり、と私の言葉を繰り返し尋ねたグレイスに、

「何のために操り人形なんてやってるのか、って聞いているのよ」

 私は重ねてそう問いかける。

「何度も何度も死にかけて。苦しくても怖くても、誰も助けてなんてくれなくて。そんな現実に幾度となく打ちのめされて、なおあなたは今も生きている。それは、何故?」

「何故って」

「自分1人楽になる方法なら、手元にいくらでもあったでしょう。でも、あなたはそうしなかった」

 身体に仕込まれた毒を使えば、そうでなくても苦しまずに死ねる道具だって身近に転がっていただろう。
 絶望の淵に立たされた時、"死"は魅惑的なものであったはずだ。
 それでもグレイスは"生"にしがみついた。数多の命を蹴散らして。

「"偽物"の支配者として矢面に立ち、いつか切り捨てられる日が分かっていてなお、操り人形であることを選んだのは、シエラ達を守るためじゃないの?」

「うるさいっ! 箱入りの王女が、分かったような口をきかないで頂戴っ!!」

 きっと睨むような紫紺の瞳に、

「分かる、とは言えない。あなたが抱えているものはあなただけのモノだもの」

 グレイスと状況は違えど私も似たようなモノだった。
 私はイザベラの"偽物"で。
 父親に存在すら許されていない王女。
 全てを恨まなかった、と言えば嘘になる。
 それでも私が生にしがみつけたのは。

「でも、いるでしょう? あなたにも。自分の命を賭けてでも、あなたを助けようとしてくれる存在が」

 どんな時でも私の味方でいてくれたイザベラがいたからだ。

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