赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

18.偽物姫は自分の立場を自覚する。

 何故だか、いつも以上に身体が軽くすっきりとした目覚めだった。心臓に走った痛みもすっかり引いている。
 狼をモフりながら寝たおかげか、いつも以上に熟睡できた気がする。
 睡眠ってすごく大事なのね、なんて思っていたらとても不機嫌そうな茶色の瞳と目が合った。

「あら、おはようございます」

 昨夜出ていたらしいセルヴィス様はすでに身支度を終えており、収まりきらない長い足を組んで椅子に座っていた。
 辺りを見渡したけれど、狼の姿はすでになく、セルヴィス様はどことなくお疲れのご様子。
 だからベッドで寝る事を勧めたのにと内心でため息を吐きつつ、半分は信頼のない私のせいなので申し訳なさを覚える。

「ああ」

 短くそう言ったセルヴィス様は、

「さっさと身支度を済ませろ」

 と抑揚のない声でそう告げる。彼の視線を辿っていけば、小さなテーブルには桶と身支度用のお湯とタオルが用意されていた。
 まさか本当に侍女の真似事をしてくれるなんて思っていなかった私は、驚いて何度も目を瞬かせる。

「……っふ、ふふ」

 クスクスと肩を揺らして笑い出した私に、訝しげな視線が送られる。

「……なんだ」

「ふふっ、だって……」

 何事にも動じない、氷のように冷たい、悪逆非道な皇帝陛下。
 そんな彼がどんな顔をして、コレを用意してくれたのかしら? と思ったら、可笑しくて。
 私に向けられたその気遣いが、とても嬉しくて。

「ありがとうございます」

 一緒にいると、心が温かくなる。
 一体この人のどこが冷酷無慈悲だというのだろう?
 ひとしきり笑ってお礼を述べた私に、セルヴィス様は解せないという表情を浮かべ、

「別に。イザベラにごねられでもしたらこの後面倒だと思っただけだ」

 とそっけなく言った。
 イザベラ、とセルヴィス様に呼ばれた事で私は自分の立ち位置を思い出す。

「……存じて、おりますよ」

 そうだ、私は所詮偽物で。
 これらの優しさも気遣いも本来なら全部イザベラが享受すべきものなのに。

『大好きよ、リィル』

 脳裏に私によく似た、全然中身の違う双子の姉の姿が浮かぶ。

『いつも、どこにいても、あなたの事を思ってる』

 イザベラは今、国でどんな風に過ごしているのだろう?
 飢えていないだろうか?
 ちゃんと眠れているだろうか?
 王女のくせにと糾弾され、石を投げられたりしていないだろうか?
 無力感に一人で膝を抱えて、泣く事もできず耐えているのではないだろうか?
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