赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

3.偽物姫とイカサマ。

 私は窓の外に咲く真っ白な花を眺める。お母様が大好きだった花だ。

「……この花ももう見納めね」

 サーシャ先生が持って一年というのなら、来年の今頃には私はもうこの世にいない。

「リープ病、か」

 元々自分の身体の不調には気づいていた。
 リープ病に侵されるとまず血管が傷つきやすくなり、吐血する。
 徐々に神経が侵されていき、最期は深い深い眠りに落ち、自力で目を覚ますことができなくなる。
 眠りながら生きることを手放すように少しずつ筋肉が衰えていき、やがて心臓は動きを止める。
 そして、残念ながらこの病気の治療法はまだ確立されていない。

「さて、行きますか」

 敗戦が濃厚になった時点でイザベラの身代わりに嫁ぐだろうことは予想していた。だが、この国を出る前にやるべき事がある。
 真っ赤なローブを翻し、隠し通路を足早に歩いていた私は、急に胸に痛みを覚えて立ち止まる。

「大丈夫、私はまだ死なない」

 ゆっくり息を吐き出して、私は何とか立ち上がる。
 来年の春が来るまでは。きっと。

「早く、イザベラのところに行かないと」

 私はまだ痛む胸を抑えながら、イザベラの自室に向かった。

 **
「何をしに来たの、この出来損ない」

 冷たい視線と言葉で私を罵り、癇癪を起こしたイザベラがガシャンと盛大に机の上の物を落とす。

「あんたたちも何を見ているの? ああ、私がコレを痛めつけるのを見たいのね!」

 使用人達を睨みつけ、怒鳴り声をあげたイザベラは扇子で私の方を指し嘲笑する。

「でも、私は一人で楽しみたいの! さぁ、全員出て行きなさい」

 一人残らず追い出すと、イザベラは盛大にティーカップをドアに投げつけ派手な音を鳴らした。

「……全員行ったわね」

 ヒトの気配が完全に消えた事を確認し、イザベラは暴れるのをやめた。

「リィル、大丈夫!? 昼の入れ替わりでまた毒を」

 暴君王女の仮面を外したイザベラが心底心配そうな顔で私に駆け寄る。

「解毒済みだから大丈夫。私が毒に強いのはベラもよく知っているでしょう?」

 差し出された手を取って、私はイザベラに笑いかける。

「相変わらず女優ね、ベラは。演技と政治手腕はどう頑張ってもベラには敵わない」

 私が演じられるのはイザベラだけだけど、イザベラはその時々でいくつもの仮面を使い分ける。
 王女じゃなかったら、きっと稀代の舞台女優になっていたに違いない。

「何を言っているのよ。私だって薬学の知識や勘の鋭さではリィルの足元にも及ばないわ」

 そう言ってふわりと優しく笑う、私と瓜二つの顔を持つお姉様。
 イザベラの王女としての仮面は、彼女の血を吐くような努力の上で作られた虚像だ。
 暴君王女の憂さ晴らしのオモチャに手を出せば、今度は自分たちが同じ目に合わされるかもしれない。そう思わせる事でイザベラはいつも私を守ってくれている。
 第一王女とその影。外に見せる私達の関係は全て、私達がこの魔窟で生き延びるための戦略だった。

「そんなことよりも、どうしたのリィル? メーガンを使わずに直接来るだなんて」

 お母様が病に倒れ、王陛下の命で物理的に離された事で王命以外で入れ替わることが難しくなった私達は主にメーガンを間に挟んでやり取りをしていた。

「この国を出る前にどうしてもイザベラと話したかったの」

 少し時間をくれない? と尋ねた私にイザベラは悲しそうな顔をして頷く。

「ごめんなさい、私が無能なばかりにお父様を止める事ができなくて」

「何を言っているの? 私の自慢のお姉様が無能なわけないでしょ」

 先の戦が起きたのも、それに敗れたのも、全部イザベラのせいじゃない。
 悪いのは全部あのポンコツ愚王だ。アレと血が繋がっていると思うだけでぞっとする。

「やる気のある無能ほど厄介なモノはないわね、本当。ベラがアレを制御して上手く操作してなかったらウチの国なんてとっくに詰んでるからね!?」

 ちっと盛大に舌打ちして悪態を吐く私を見てクスクス笑うイザベラは、

「でも、やっぱりごめんなさい。私の代わりにリィルを人質に出すことになってしまった」

 私と同じ天色の瞳を伏せ、イザベラは申し訳なさそうに謝罪の言葉を重ねる。
 イザベラにしても苦渋の決断だったのだろう。私はイザベラの手を取り首を振る。

「謝らないで。ベラが私を代わりに行かせようとしている意図、ちゃんと分かっているから」

 敵国に行くにしても、自国に残るにしてもこの先私達を待っている運命は過酷なものでしかない。
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