赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

26.偽物姫と仲直り。

 深夜過ぎ真っ赤なフードを被った私は寝室を抜け出して、セルヴィス様に頂いた温室に来ていた。
 作業をするなら本当は昼間の方が明るくていいのだけれど、日中は寵妃(風除け)のお仕事があるし、何より人目に付くのは避けたい。
 そんなわけでこんな時間にこっそり抜け出すのが習慣になってしまった。
 月明かりといくつかのカンテラの光を頼りに、私は慣れた作業を繰り返す。

「ふふっ、なんだか魔女にでもなった気分♪」

 私は部屋に広がるいい香りに癒されながら、カモミールをベースにいくつかのハーブと薬草をブレンドしたミルクティーを飲む。
 カモミールは万能ハーブだ。抗炎症や鎮痛効果が期待できる。
 
「もう少し、かしら?」

 そして今日はローズマリーの精油を作りに来たのだ。
 セルヴィス様はローズマリーの香りを気に入ってくれたようで、あの後も何度か手浴を強請られた。
 生のローズマリーもいいけれど、精油にすればもっと手軽に楽しめるのではないかと思い久しぶりに作ってみることにしたのだ。
 
「薬以外を作るなんて久しぶり」

 それも誰かにあげるための物なんて、と自分の行動に自分で驚く。

「喜んで、くれるかしら?」

 イザベラとお母様以外にプレゼントするなんて初めてで、気持ち悪がられないかと少し不安になる。

「……大丈夫、よ」

 だって、忌み子の偽物(双子の片割れ)だとバレない限り、ここにいる私は"イザベラ"(本物)だ。
 イザベラ(第一王女)なら、皇帝陛下にだって釣り合う。

「うん、上出来だわ」

 先日セルヴィス様に会った時は、どことなく疲れているように見えた。
 とはいえそれは本当に些細な変化で、気づいている人はいなさそうだったけれど。
 あれだけの仕事量をこなしながら、足元を掬われないようにとずっと冷たく怖い強者を演じている。
 あんなに優しい人が、神経を尖らせたままずっと。
 それは、きっと今の帝国では仕方ないことなんだけど。

『イザベラは誰かを故意に傷つけるために毒を盛ったりできない』

 セルヴィス様はそう言って私に"信頼"をくれたけど、偽物姫の私には彼に"誠意"を返すことができないから。

「ちょっとでも、癒しになればいいな」

 私は消毒し乾かした小瓶に"感謝"(精油)を閉じ込めた。

 セルヴィス様にどうやって渡そう。
 そう思った時、がさっと音がなった。

「がぅ」

 深夜の来訪者が私に知らせるように小さく控えめな鳴き声を上げる。

「あら、あなた今日はこんな所まで来たの?」

 真っ黒な狼の紺碧の瞳を見ながら私は笑いかけ、

「こっちにいらっしゃいな。ちょうどいいものがあるの」

 真っ黒な狼に手招きした。

 私が差し出したのはローズヒップ水。勿論、犬でも飲めるように少し薄めている。
 ローズヒップにはビタミンCが豊富に入っており、免疫力を高めてくれる効果があるのだ。

「正直、もう来てくれないかと思ってた」

 そう言った私の事を紺碧の双眸が不思議そうに見つめ返してくる。

「この前、私怒らせちゃったでしょう? あれから全然来てくれなかったから」

 嫌われたのかと思った、と言った私の手に頭を擦り付けてきた狼は、

「バウ」

 小さく鳴いて私の服を軽く引っ張る。

「ついてこい、ってこと?」

 首を傾げつつ後を追えば、狼はカモミールの前で座り尻尾を振る。
 カモミールの花言葉は"仲直り"。
 驚いて瞬きを繰り返す私に、口で器用につんだカモミールを差し出す。
 じっと見上げてくる紺碧の瞳はとても優しい色で。
 何故かこの子の主人を連想させた。

「ふふっ。あなた、随分博識なのね」

 私はカモミールをそっと受け取り、匂いをかぐ。

「仲直りしましょう」

 と言った私は狼に手を差し出す。

「また、会いに来てくれる?」

 紺碧の瞳に尋ねれば、

「バウ」

 答えるようにそう声を上げた狼は私の手に自身の手を重ねた。

「ありがとう。約束、ね」

 次はあなたの名前が知りたいわ。
 そう言って、いつもみたいに黒い狼を撫でる。抱きしめた狼からはほのかにローズマリーの香りがした。
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