赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
27.偽物姫は慰められる。
暗い夜空に大きな月がぽっかりと浮かぶ。
帝国に来てから、もうすぐで三度目の満月。
頬を撫でる風の温度と星の位置から季節の移り変わりを実感する。
「……元気、かしら?」
クローゼアの方角に視線を送り、時期ハズレのガーベラを愛でながら私は双子の片割れを思う。
帝国の後宮にいる私の耳には、イザベラの情報は入って来ない。
一方でクローゼアが危機的状況に陥っているといった話も聞かないので、きっとイザベラが水面下で上手く操っているに違いない。
「……情けない、な」
私はいつもイザベラに守られてばかりだ。時が進めば進むほど、焦燥感に苛まれ無力感に押し潰されそうになる。
売国を目論むよりも、やはりイザベラを帝国に嫁がせる方が良かったのではないだろうか。
イザベラを連想させる花を握りしめ、
「……ベラ」
私は小さく双子の片割れの名を呼ぶ。
私によく似た容姿の、全く違う眩しく美しい王女様。
どうか、無事でいて欲しい。
あなただけは、どうか。
「ガゥ!」
私の真っ暗な思考は、急に現実へと引き戻される。
声のした方に視線を向ければ、そこには暗闇に負けないくらい、漆黒の毛並みをした狼の姿があった。
「ヴィー」
名前が知りたい、といった次の夜。狼は小さなプレートを咥えてやって来た。
そこには端的にヴィーと書いてあったので、それ以降私は狼の事をヴィーと呼んでおり、毎夜一人と一匹の交流が続いていた。
ヴィーと狼の名前を呼ぶと彼は音もなく私の隣に座る。
「ふふ、今日は来ないのかと思った」
今日はシャンプーできないねと私はヴィーに寄りかかった。
「遅くまで、お疲れ様」
普段訪ねて来るよりも随分遅い時間。
ヴィーはセルヴィス様の使い魔だ。きっと今まで仕事をしていたのだろう。
いや、正確にはまだ仕事中かと私は紺碧の瞳を見ながら胸が締めつけられるような苦しさを覚える。
うっかりイザベラの愛称を口にしてしまった。
狼は人より耳がいい。聞かれてしまったかもしれない。
どうやって誤魔化そう。
ぼんやりとそんな事を考えていた私の顔を覗き込むようにヴィーは身体を持ち上げる。
私の視界は真っ黒一色に染まる。
私は天色の瞳を瞬かせ、息を呑む。
月の光を浴びた漆黒の狼はとても美しく、そして神秘的だった。
ああ、もしかしたら偽物だとバレてしまったのかもしれない。
だとしたら、私は今からこの子に喰われるのか。
ゆっくりと近づいてくる狼を前に動けず、私は静かに目を閉じた。
途端、生暖かくざらついた何かが頬を撫でる。
「くぅーん」
心配したような鳴き声に目を開ければ、困った顔をした狼と近距離で視線が交わる。
「へっ、ちょっ、な、なに?」
トンっと身体を起こしたヴィーは再び私の頬を舐めた。
「何して」
もう、と抗議の声を上げたと同時に私の手にポタリと雫が落ちる。
それは止めどなく流れ落ち、私の視界を歪ませる。
「……っう」
息が詰まったように声を漏らした私に寄り添うようにヴィーは頭を擦りつけてくる。
「バゥ!」
トンと寄せられた自分以外の温かさに、不安や焦燥感が安堵に変わる。
「……一瞬、ヴィーに喰べられるかもとか思ってごめん」
私はヴィーに抱きついて、ただ声を殺して泣いた。
帝国に来てから、もうすぐで三度目の満月。
頬を撫でる風の温度と星の位置から季節の移り変わりを実感する。
「……元気、かしら?」
クローゼアの方角に視線を送り、時期ハズレのガーベラを愛でながら私は双子の片割れを思う。
帝国の後宮にいる私の耳には、イザベラの情報は入って来ない。
一方でクローゼアが危機的状況に陥っているといった話も聞かないので、きっとイザベラが水面下で上手く操っているに違いない。
「……情けない、な」
私はいつもイザベラに守られてばかりだ。時が進めば進むほど、焦燥感に苛まれ無力感に押し潰されそうになる。
売国を目論むよりも、やはりイザベラを帝国に嫁がせる方が良かったのではないだろうか。
イザベラを連想させる花を握りしめ、
「……ベラ」
私は小さく双子の片割れの名を呼ぶ。
私によく似た容姿の、全く違う眩しく美しい王女様。
どうか、無事でいて欲しい。
あなただけは、どうか。
「ガゥ!」
私の真っ暗な思考は、急に現実へと引き戻される。
声のした方に視線を向ければ、そこには暗闇に負けないくらい、漆黒の毛並みをした狼の姿があった。
「ヴィー」
名前が知りたい、といった次の夜。狼は小さなプレートを咥えてやって来た。
そこには端的にヴィーと書いてあったので、それ以降私は狼の事をヴィーと呼んでおり、毎夜一人と一匹の交流が続いていた。
ヴィーと狼の名前を呼ぶと彼は音もなく私の隣に座る。
「ふふ、今日は来ないのかと思った」
今日はシャンプーできないねと私はヴィーに寄りかかった。
「遅くまで、お疲れ様」
普段訪ねて来るよりも随分遅い時間。
ヴィーはセルヴィス様の使い魔だ。きっと今まで仕事をしていたのだろう。
いや、正確にはまだ仕事中かと私は紺碧の瞳を見ながら胸が締めつけられるような苦しさを覚える。
うっかりイザベラの愛称を口にしてしまった。
狼は人より耳がいい。聞かれてしまったかもしれない。
どうやって誤魔化そう。
ぼんやりとそんな事を考えていた私の顔を覗き込むようにヴィーは身体を持ち上げる。
私の視界は真っ黒一色に染まる。
私は天色の瞳を瞬かせ、息を呑む。
月の光を浴びた漆黒の狼はとても美しく、そして神秘的だった。
ああ、もしかしたら偽物だとバレてしまったのかもしれない。
だとしたら、私は今からこの子に喰われるのか。
ゆっくりと近づいてくる狼を前に動けず、私は静かに目を閉じた。
途端、生暖かくざらついた何かが頬を撫でる。
「くぅーん」
心配したような鳴き声に目を開ければ、困った顔をした狼と近距離で視線が交わる。
「へっ、ちょっ、な、なに?」
トンっと身体を起こしたヴィーは再び私の頬を舐めた。
「何して」
もう、と抗議の声を上げたと同時に私の手にポタリと雫が落ちる。
それは止めどなく流れ落ち、私の視界を歪ませる。
「……っう」
息が詰まったように声を漏らした私に寄り添うようにヴィーは頭を擦りつけてくる。
「バゥ!」
トンと寄せられた自分以外の温かさに、不安や焦燥感が安堵に変わる。
「……一瞬、ヴィーに喰べられるかもとか思ってごめん」
私はヴィーに抱きついて、ただ声を殺して泣いた。