赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

29.偽物姫は喧嘩を売られる。

 セルヴィス様のオーダーは、

『悪逆非道の冷酷皇帝の隣に並ぶに相応しい暴君王女』

 だった。
 という事は、この配役を演じることで炙り出したい"何か"があるはずで。
 私はそのための寵妃()なんだけど……。

「あなた、聞いておりますの?」

 聞こえています、残念ながら。と内心でため息をつく。

「私はあなたがセルヴィス様の側妃だなんて認めませんわ!」

 毎度こんなのを相手にするなら、割り増し手当が欲しいところだと思いつつ、隠すことなく敵意をガンガン向けてくるご令嬢を見返す。
 淡い薄桃色の髪にローズピンクの大きな瞳。小動物のような庇護欲を掻き立てる可愛らしさ。愛されて当然という自信溢れる堂々とした立ち振る舞い。
 帝国四家の一つ、リタ侯爵家のご令嬢シエラ・フォン・リタ、その人だった。

「ご機嫌よう、リタ侯爵令嬢」

 私はできるだけにこやかな笑みを意識して浮かべる。
 シエラがセルヴィス様の正妃候補の一人だとしても、現時点で彼女は後宮入りしておらず、イザベラの偽物とはいえ私の現在の立場は一国の王女であり、皇帝の側妃。
 つまり無遠慮に声をかけた挙句、扇で指しながらこんな暴言を吐かれる謂れはない。
 まぁ、迷惑極まりない戦争を吹っかけた挙句敗戦した国の姫なんて、尊重する気にならないという心情は分からなくもないけど。
 こういうのはイザベラの得意分野なんだけど、さてどう対処すべきかと私は頭をフル回転させる。

「それは、リタ侯爵家(・・・・・)の人間としての発言と受け取っても良いのですか?」

 家門としての宣戦布告か、と問えば、

「何を言っているの? 私がリタ家の人間だと分からないとは言わせないわ」

 一切躊躇する事なく、シエラはそう言って目を瞬かせる。
 彼女がリタ家の人間である事は間違いないのだけれど、私の聞いた意図とは違う答えが返ってきた。

「あなた、自分の立場を分かっていて? あなたはただの人質。誰も妃と認めてないのよ!」

 どストレートに私に物申すシエラをじっと観察する。
 オゥルディ帝国には代々皇帝陛下を支えてきた力を持つ四家が存在する。
 それぞれが"知力""財力""武力""魔力"を司り、"権力"を握る皇帝陛下を支えていた。
 シエラはその"知力"を司るリタ家の娘、なのだけど。

「セルヴィス様はお忙しいのです。それを執務室まで追いかけてきてベタベタと。セルヴィス様にまとわりつくなど、恥を知りなさい」

 シエラはビシッと人差し指を突きつけて、日頃の私の振る舞いを指摘する。
 厳しく冷たい非情な陛下が、夜伽を経て唯一の妃を離宮から出し、側に控えさせ時折人目を憚らず妃に対し甘やかな態度で接するようになり。
 側妃を愛でるために後宮に足繁く通い、時にはそのまま引き篭もるほどに皇帝陛下を堕落させ。
 皇帝陛下に取り入りたい貴族達からは貢物を巻き上げる。
 まぁ、実際とはかなり異なるのだが、表面だけ見ればなかなかの悪女ぶり。
 シエラのお小言を右から左に聞きながら、私、めちゃくちゃ働かされてるじゃん!? っと、自分の仕事ぶりに感心する。
 
「聞いておりますの!? 風紀が乱れますのよ! 風紀が!!」

 前面に"私は正しい"を貼り付けて胸を張るそこには駆け引きなど感じられない。
 ふむ、と私はシエラを観察し、

「ふふ、リタ侯爵令嬢は元気がよろしいのね。まるで、クローゼアで一時飼っていた仔犬のよう」

 にこっと微笑みを浮かべ、薔薇色の瞳を覗く。

「犬っころとこの私を同列に並べるおつもり!?」

 キャンキャン吠える可愛い子でしたのと言った私は、

「私、犬ってとても好きですわ。忠誠心があって、とても賢くて。愛玩用もいいですが、何より実用的で」

 パチンと両手を頬の側で軽く叩き、

「多頭飼いも素敵。ふふっ、みーんな私に愛されたくて頑張る様も可愛いし」

 軽く首を傾げ微笑んで持論を展開する。
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