赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

35.人外陛下は偽物姫に思いが募る。

 セルヴィスは彼女がくれたローズマリーの精油を眺めながら、大きくため息をついた。

『だって、彼女たちは陛下の正妃候補ではありませんか?』

 セルヴィスにその気がなくとも、側から見ればそれは間違っていない。

『"偽物"は所詮"偽物"。そして私は"偽物"の寵妃です』

 それは契約を持ちかけたセルヴィスが誰よりも分かっていた。
 彼女の目的は帝国を後ろ盾とした自治権の確保。
 寵妃、なんてただのごっこ遊びでしかない。
 目的のために近づいて来た彼女を利用しようと側に置いたのはセルヴィス自身なのだから。
 だけど。

『誰を選んでも大丈夫なように、上手くアシストしますから!』

 屈託なく彼女にそう勧められた時、軋むように胸が痛んだ。
 寵妃契約した日にイザベラに言われた時には、何とも思わなかったのに。
 掃いて捨てるほどある婚姻の話に全く興味のないセルヴィスにとって、新たな妃を勧められるなど日常で。
 誰に何を言われても、心が動いたことなんてなかった。
 なのに。

『ヴィー!』

 そう言って迎えてくれる彼女満面の笑みが。

『ふふ、あー本当モフモフ。すっごいふわっふわ」

 そう言って無遠慮に伸ばされる手が。

『側にいて。私が眠るまで、ずっと』

 儚く消えてしまいそうなほど弱いのに、目的のために折れない彼女の強さが。
 セルヴィスの心を掻き乱す。

『狼って、番を決めたら一生相手を変えないそうですよ』

 オスカーに言われた言葉が今になって、セルヴィスの心の奥深くに刺さる。
 習性、なのかもしれないと思った。尤も自分以外の獣人など会ったこともないので実際のところは分からないが。

「……っくそ」

 どんな罠が仕掛けられていても、イザベラならきっと自分で良いように解釈して切り抜けるだろう。
 だから正妃候補である四家の娘が集う茶会になど、行かないつもりだった。自分が出向けばどう転んだって面倒事にしかならない。

「……ベラ」

 セルヴィスは図鑑と温室を彼女に与えた日の事を思い出す。

『ありがとう、ございます』

 ぎゅっととても大事そうに図鑑と鍵を抱きしめて、いた彼女。

『すごく。すごく、嬉しい……です』
 
 多分、あの時にはもうすでに彼女の存在が自分にとって大きなモノになっていた。
 きっと、手を伸ばせばイザベラを今より危険に晒してしまう。
 それでも理屈ではなく本能的に身体が動いていた。

 柔らかな蜂蜜色の髪に真実を見極める天色の瞳。
 いつのまにか自然と彼女の姿を探すようになっていたセルヴィスは、茶会会場でもすぐイザベラの姿を見つけ出した。
 セルヴィスの紺碧の瞳に四家の令嬢達を前に、薔薇色の唇で弧を描くイザベラの姿が映った。
 その表情に見覚えのあったセルヴィスの背筋にぞわりとささくれ立つようは嫌な予感が走る。

『さぁ、陛下。チェックを』

 初めて皇帝陛下として対峙した夜、暴君王女らしく対応して見せた彼女。
 あの時、イザベラは薬を盛られていると気づいていながら、わざとそれを飲み干していた。
 その時だけではない。
 彼女はいつも、自分の事を軽く扱う。
 もし、この考えが合っているのだとすれば、きっと彼女のお茶には毒が……。
 セルヴィスは急いで彼女からお茶を取り上げ、自ら飲み干した。
 目が合ったイザベラの顔から血の気が引く。
 やはりか、と思った瞬間に呼吸の仕方がわからなくなるほどの息苦しさにセルヴィスは片手をテーブルについた。
 こんなモノを用意した人間にも、そして自ら飲もうとしたイザベラにも腹が立った。
 誰であっても、彼女を傷つけるモノはセルヴィスには許し難い。たとえそれがイザベラ本人であったとしても。
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