赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜

37.偽物姫が人外陛下と一緒に迎えた朝。

 昨夜が満月なのをすっかり失念していたセルヴィスだったが、目覚めは思いの外すっきりしていていつもより身体が軽いくらいだった。
 浮いたり沈んだりする意識は酷く朧げだが、昨夜は随分と苦しんだはずなのにと不思議に思いながら視線を流せば、柔らかそうな蜂蜜色の髪と彼女が大切にしている真っ赤な羽織が視界に入る。

「……無事、なのだな」

 昨日の青白い顔とは違い血色の戻ったイザベラはとても穏やかな顔をしていて、赤い羽織に包まるようにして身体を丸め、すやすやと寝息を立てている。
 彼女がそこにいる事に安堵しながらセルヴィスはそっと手を伸ばし指先で彼女の髪に触れる。
 そのままさらさらと彼女の髪を梳くように何度かゆっくり撫でたけれど、僅かに身じろぎしただけで起きる気配はまるでない。

「ふっ、一度寝たら本当になかなか起きないな」

 何度も夜を共にしているので、彼女の寝つきの良さは知っている。
 尤も狼から戻る所を見られるわけにはいかないので明け方にはいつも彼女の腕から抜け出していたけれど。

「本当に、取り返しのつかない事にならずに済んで良かった」

 ミリアの時には間に合わなかった。
 セルヴィスがその知らせを宮廷から遠く離れた地で聞いた時にはすでに彼女は処された後で。
 己の無力さにただただ後悔だけが募った。

「う……ん」

 頭を撫で過ぎたのか小さな声を上げたあとイザベラはコテン、っと寝返りをうった。
 乱れた羽織から出た手や足を見てセルヴィスは固まり、毛布をかけてやろうとして止まる。

「……これは土、か?」

 僅かだが、彼女の指先や爪の間に土が付着していた。
 よく見れば足の裏は傷だらけで、床には足を拭いただろうタオルが畳んであった。
 こんなモノ、昨日この部屋に閉じこもった時はなかったはずだと思考を巡らせたセルヴィスは、何故彼女の赤い羽織がここにあるのだろうとおかしな点に気づく。
 昨日解毒処置後そのまま眠ってしまったイザベラは後宮には返さずそのままセルヴィスの私室に連れて帰った。
 満月の夜は人払いをしてあるのでこの部屋に立ち入る者はいないだろうし。
 そもそもイザベラがこの羽織を大事にしている事も普段は嫌がらせの被害に遭わないよう温室の隅に隠してあることを知っている人間もいないはず。

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