叶わぬロマンティックに終止符を
prologue



 ◻︎



 これを運命と呼ばずして、なんと呼ぶのか。

 それ以上の名詞を当てはめることはできなかった。


 「(しゅう)……?」


 わたしの中に居座り続ける恋心が、同じプロジェクトのメンバーとして現れるなんて。

 目を丸くして驚くわたしとは正反対で、変わらない涼やかな目元を細めて、あの頃わたしに向けなかった作り物みたいな笑顔を向けられた。


 「……名取(なとり)さん、お疲れさまです」


 あくまで他人のように、あの頃を消すように振る舞った彼は一歩、また一歩と近づいてきた。名取さん、なんてそんなふうにわたしのこと呼んだことなかったくせに。はじめて話した日は、「かなんちゃん」なんて言って軽薄に揶揄ってきたくせに。

 目の前、見上げないと届かない視線が絡む。手が伸びてきてわたしの髪を耳にかけながら、唇の端を緩やかに上げた。わたしの耳に控えめに鎮座する白い花のピアスの意味に、気づいただろうか。


 「……叶南(かなん)


 ちいさくわたしの名前を呟いた。他人行儀はやっぱり作り物であり表の姿。わたしだけがあなたに気づいているわけではないのだと、それだけのことで嬉しさが心に迷い込む。

 柊の声が響く、大会議室。わたしと柊だけの空間で、まるで、あの頃に戻ったみたい。あの夏の教室を思い出した。

 ……のに、ホッとしたのも束の間。淡い期待は早々に打ち砕かれる。


 「もう、俺のこと好きになんないでね。社内の人間には手出さないようにしてんの」


 わたしの知らないひんやりした声は、運命という漢字二文字を真っ向から否定した。なんとも失礼な言葉を引っ付けて。

 叶わなかった恋心は、"再会"というロマンティックを携えたとしても、もう叶うことはないのだと思う。

 あの日、約束の場所、約束の時間に来てくれなかったから。この恋に終止符を打たなければならなかった。


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