夫の心に住んでいるのは私以外の女性でした 〜さよならは私からいたしますのでご安心下さい〜
第11話
「大丈夫よ。ジョージは優しいし」
そう言いながら、胸の痛みを感じた。
ジョージは優しい……それは嘘ではない。葬儀の時だって隣に居た彼の存在がどれだけ私を励ましてくれたか……。そう思うのに、嘘をついているように胸が痛むのは何故だろう。
子どもの事で私を責めるパメラに何も言ってくれないから?
グラディスさんと一緒になって、私に疎外感を与えている事に気付いていないから?
優しさに隠れている優柔不断さに不安になるから?
こんな事を思う私は妻として、まだまだ未熟だという証拠なのだろうか?
「そう?それならいいんだけど……」
こんな時にまで、私を心配する母。
体調の優れない母に本当に当主代理が務まるのだろうか?だけどこれ以外に方法はない。
「お母様、困った時には直ぐに言ってね。駆けつけるから」
「キルステン……そんなに心配しなくて良いわ。貴女は嫁いだ身。実家の事に煩わされる必要はないのよ?」
「たとえ嫁いだとしても……私がお母様の子どもである事には変わりはない。家族だという事も変わらないもの」
「ありがとうキルステン」
私と母は抱き合った。この家にもう父の豪快な笑い声は聞こえない。その事が酷く寂しかった。
結局、葬儀後のバタバタを片付けるのに五日程かかってしまった。父の死はあまりにも突然で、やりかけの仕事や手付かずの仕事が山程あったが、そこはイライジャがその殆どについて、理解していた。
「この仕事は先方の都合で半年程時間があります。後回しで大丈夫ですが、先方までこちらが足を伸ばす必要がある。……奥様には難しいかもしれません。断りますか?今ならまだ間に合います」
「お母様にそこまでの旅路は無理ね。……半年後……。私が何とか代理を務めて……」
代理の代理……なんておかしいだろうが、他に頼れる人も居ない。
「その……差し出がましい様ですが、大丈夫なのですか?ガーフィールド家を空ける事になって」
確かにこの国は女性の社会進出に柔軟な国だ。それは現在の陛下が女王である事が証明している。
しかし実際はまだ男性上位であり、男は外で仕事をし、女性は家を守るものだという考え方が一般的だ。イライジャもそれを言っているのだろう。
「ジョージもうちの事情はよく分かってくれているし……話し合えば何とかなるわ」
私は務めて明るくそう言ったつもりだったが、心には別の不安があった。
ガーフィールド家で感じる疎外感。まるでジョージ、グラディスさん、そしてパメラ。その三人が家族であるかのようなあの家に居心地の悪さを感じているのも嘘ではない。
しかし、それは私の問題。今のこのアンドレイニ家をこのまま衰退させないように存続させる事が先決だ。
「私には、無理している様にしか見えませんけど」
イライジャの言葉は私の不安を見透かしている様で、私は何故か居た堪れなくなった。
父の死の意味をあまり理解できていないであろうサミュエルも、何故かいつもより甘えてきた。
「お姉様……一緒に寝てもいい?」
「……もちろんよ。いらっしゃい?」
いつもはもう七歳だから子ども扱いしないでくれというサミュエルだが、父が居ないこの屋敷の静けさに何かを敏感に感じ取っているのだろう。
父は太陽の様な人だった。領民に慕われ、家族に敬われ。私の没落して婚約を白紙に戻した婚約者にも手を差し伸べようとしていた。しかし、向こうは負い目を感じながら結婚したくないと、それを拒否した。
父は私が結婚した後に変に気遣われるのを予見したのだろう。その時はあっさりと婚約を白紙に戻したのだった。
夫婦の中で優劣がつく事を父は懸念したのかもしれない。
ガーフィールド家との結婚を選んだのは、本当に偶然だ。
夜会に出ていた父が偶々ジョージと出逢った。ジョージはその時、当主になってまだ一年経つか経たないか。当主としての振る舞いに慣れていなかったのか、緊張していた彼の様子を見かねた父がジョージに話しかけたのがきっかけだった。
『とても良い青年なのだが、少し頼りない感じはするな。どうだ?会ってみないか?』
そう言われたが、私は姿絵だけを確認すると
『お父様が良い人だと言うのなら、きっとその通りなのでしょう。婚約を進めていただいて構いません』
私がジョージと会ったのは、婚約が整ったある日の事だ。薄茶色の髪に青い瞳は少し優しげに垂れていて、実際に会う彼は絵姿よりもずっと美丈夫だった。
『お父様ったら……絵姿とは随分と印象が違うじゃない。騙されたわ』
『ハハハハハ!不細工だった訳じゃないんだから、怒ることないだろう!』
父の大らかさはそういう所にも出ていた様に思う。
今の状況を……父は天国から見てなんと言っているのだろうか。
『私の見る目がなかったのか……』
そうボヤいているかもしれない。
「……お姉様?」
父との過去に思いを馳せていた私はサミュエルの声で我に返った。
「なぁに?」
「お父様は……もう帰って来ないんでしょう?」
「そうね。お父様はお星さまになってしまったから」
「もう僕の事、肩車してくれないの?もう僕の頭を撫でてくれないの?もう僕に馬の乗り方も教えてくれないの?」
「サミュエル……」
「お姉様……僕、お父様に会いたいよ」
そう言ってサミュエルは泣き出した。私は彼をギュッと胸に抱く。
「私も……私もお父様に会いたいわ。でもその願いは叶えてあげられない……。その代わりお姉様がたくさんサミュエルの頭を撫でてあげる。馬の乗り方も教えるわ。こう見えてお姉様、馬に乗るのが上手いのよ?」
私も父に教わった。今は乗る機会も殆どないが、サミュエルに教える事ぐらいは出来る。
「……じゃあ、肩車は?」
「……頑張るわ」
私はもう一度ギュッとサミュエルを抱き締めて、頭を撫でた。