甘やかな契約婚 〜大富豪の旦那様はみりん屋の娘を溺愛する〜
第6章 周寧の過去
週末の午後、珍しく予定のない日だった。
高層マンションの静かな廊下を歩いていると、書斎の扉がわずかに開いていることに気づいた。薄暗い部屋から漏れる光と、低い声が耳に届く。
──電話だろうか。
何気なく通り過ぎようとしたその瞬間、聞き慣れた言葉が耳に飛び込んできた。
「……あの味醂が、みやびの味醂がなかったら、俺はきっと乗り越えられなかった」
……味醂?
思わず足が止まった。心臓が小さく跳ね、胸の奥で何かがざわめいた。
そっと扉の隙間から中を覗くと、机に肘をつき、受話器を手に話す彼の横顔が見えた。
普段の冷徹な仮面はそこになく、代わりにどこか穏やかで、遠い記憶を辿るような懐かしさが漂っていて黒曜石のような瞳には柔らかな光が宿り、まるで別人のようだった。