甘やかな契約婚 〜大富豪の旦那様はみりん屋の娘を溺愛する〜
第8章 甘やかな約束


 数週間が過ぎ、窓の外には秋の気配が静かに漂い始めた。キッチンに立つ私の手には、祖母の古びたノートがある。

 そのページに綴られた【みやび】の味醂を使った煮物のレシピを、まるで祈るように眺めていた。

 周寧の母が愛したというあの温かな味を、なんとか再現したかった。彼から詳しく聞くと、私の祖母から教わったと言っていた。
 だからこれのはずだと、鍋から立ち上る甘い香りは、まるで時を遡るように、祖母の笑顔や周寧の遠い記憶を呼び起こす。

 野菜を刻む包丁の音が静かなキッチンに響くたび、私の胸には彼の笑顔が見てみたい願いが膨らんだ。だが、その願いの奥には、彼の心に少しでも近づきたいという、私自身の切実な想いが潜んでいた。

 蔵の経営はゆっくりとではあるが、着実に上向いていた。周寧さんの支援と、私が提案したオンライン直販や地元シェフとのコラボレーションが実を結び、【みやび】の味醂は再び多くの人々に愛される存在になりつつあった。

 数字が示す成功は、確かに私の心に安堵をもたらした。けれど、蔵の未来以上に私の心を揺さぶったのは、彼と過ごす時間だった。

 あのレストランでの夜、彼が語った昔の出会い。
 あの日、私が覚えていなかった記憶が、彼の中でこんなにも鮮やかに生き続けていたなんて。それが嬉しかった。

 以来、私の心は、彼の視線や言葉に触れるたびに、抑えきれないほどに波打つようになっていた。



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