甘やかな契約婚 〜大富豪の旦那様はみりん屋の娘を溺愛する〜
エピローグ 本物の絆
数ヶ月が過ぎ、【みやび】の蔵はまるで新しい命を吹き込まれたように活気づいていた。伝統を継ぐところは継いでいるけれど、新たに導入された近代的な設備と周寧さんのビジネスネットワークを駆使した全国展開が功を奏し、味醂の注文は日ごとに増え続けていた。
祖母が遺した伝統は、料理人たちの厨房や家庭の食卓にまで広がり蔵の裏庭に漂う甘い香りは、まるで希望の象徴のように私の心を満たした。
私は蔵の管理をしながら、キッチンに立つ時間を大切にしていた。祖母のノートを開き、新しいレシピを試すたびに、彼女の笑顔や教えが胸に蘇る。
そして、その料理を周寧に味わってもらう瞬間が、私のささやかな幸せだった。鍋から立ち上る味醂の甘い香りは、まるで祖母と周寧の母の記憶を繋ぐ架け橋のようで、キッチンに立つたびに温かな安堵感が心を包んだ。
あの契約結婚から始まった私たちの関係は、今、まるで自然に育まれた絆のように、夫婦の形へと変わりつつあった。毎晩、食卓を囲む時間が、私には愛おしい日常となっていた。
けれど、心の奥底には、私たちは契約という冷たい始まりが薄い影を落としていた。私はまだ、自分を契約妻と卑下する気持ちを完全に拭い去れずにいた。
周寧さんからの愛情を感じるたびに、その温もりに心が溶けそうになるのにどこかで“本当に私が彼のそばにいてもいいのだろうか”という不安が顔を覗かせる。だから私は、その恐れに気づかないように必死に隠している。