エナはマーメイドの仕立屋さん~はじめてのお仕事はプリンセスのドレス~

「ナナ、こっち!」

 岩陰に隠れながら、エナとナナとレクシーはなんとかおばあちゃんのお店に帰ってきました。
 お店のとびらを開けて、すぐ中に入ります。

「そんなにあわてて、どうしたの?」

 2人と1匹がバタバタとお店に入ってきたので、おばあちゃんはびっくりした顔をしました。
 でも、エナはおばあちゃんの顔を見て、すこしほっとしました。

「おばあちゃん、わたしたち、市場でなんかあやしい男の人たちに追いかけられたの!」

 エナはすぐにおばあちゃんに言いました。
 まだナナの手は握っています。
 レクシーはこわがってエナの腕の中から離れません。
 まだみんな心臓がバクバクしています。

「ええ? なにがあったの?」

 おばあちゃんの大きな目がさらに大きくなります。

「わからないの。なんだったんだろうね、こわかったね、ナナ」

 エナはとなりのナナに言いました。
 そんなにもこわかったのでしょうか、ナナはうつむいて一言もしゃべりません。

「ナナ、大丈夫?」

 心配になってエナがナナの顔を横から覗き込んだときでした。
 
「ごめんなさい!」

 ナナが勢い良く頭を下げました。
 エナもおばあちゃんもびっくりです。

「ナナ、どうしたの?」

 そう聞いたのはエナです。
 あの男の人魚たちはナナの知り合いだったのでしょうか。

「わたしのせいなの……」

 暗い顔でナナは言いました。
 市場で布を選んでいるときのナナはあんなにも明るかったのに、いまはとても心が沈んでいるようです。

「ナナのせいなんて、そんなことないでしょ?」

 エナはナナのせいなんてことはないと思いました。
 ぎゅっとナナの手を握り直します。

「ううん、わたしのせい。じつはわたし、この国のプリンセスなの」
「ええ!? ナナが!?」

 驚いたのはエナだけではありませんでした。
 おばあちゃんも驚いて作業をしていた手が止まっています。

「追いかけてきたのはわたしを守るお付きの人魚たち」

 ナナが視線を上げて、とびらのほうを見ます。
 外のことを心配しているようです。
 そして、続けました。

「まだ誰も知らないけど、今度のパーティーでわたし、みんなの前でスピーチをしなきゃいけないの。だから、勇気の出るドレスがほしくて。このお店のお洋服は魔法がかかってるって聞いたから」

 おずおずとナナはそんなことを言いました。
 魔法がかかっているなんて、エナははじめて聞きました。

「おばあちゃん、そうなの?」

 気になってエナはおばあちゃんにたずねます。

「そうだよ、最後に魔法の貝殻を付けるんだ」

 おばあちゃんは自信満々で胸を張りました。
 作業台から離れて、黄色いドレスを着ているトルソーの前に泳いでいきます。

「この胸元についているのが、このドレスのための貝殻。そのお洋服ごとの貝殻があるんだよ」

 ヒラヒラの大きなレースが付いた黄色のドレスは本当にすてきです。
 おばあちゃんはそのドレスの胸元を指差しました。
 桜色の大きな二枚貝が付いています。

「どんな仕組みなの?」

 エナは興味津々で、ナナの手を引きながらドレスに近付きました。

「貝殻を付けておまじないをかけると、いろんな効果があるんだよ。勇気が出せたり、人との縁が結ばれたり、こわいものから遠ざけてくれたり。この貝殻はこのドレスを着た人を輝かせるものなんだ」

 おばあちゃんが手をかざすと貝殻が一瞬、キラリと光って見えました。

「きれい……」

 ナナもプリンセスのことを忘れたみたいにドレスに夢中です。

「これは誰でもできることじゃないんだ。おばあちゃんとおばあちゃんの孫であるエナならできるけどね」

 おばあちゃんはエナに向かってウインクをしました。
 エナはまた自分の胸がわくわくするのを感じました。
 まさか、そんな力が自分にもあるなんて、と思ったのです。

「エナ、わたしのドレス、お願いできる?」
「うん、わたし、ナナのためにがんばるよ」
「約束よ?」
「うん、約束!」

 エナとナナが指切りをしたときでした。
 コンコンと誰かがお店のとびらをノックしたのが聞こえました。
 誰かが来たようです。

「はい」

 おばあちゃんが返事をすると、とびらが開きました。

「姫様、城に帰りましょう」

 あの黒服の人魚たちです。
 エナとナナの場所がバレていました。

「戻らなくちゃ。エナ、お願いね」

 ナナはすこし寂しそうにエナから離れ、黒服たちに守られるようにお城に帰っていきました。
 ぷくぷくときれいな泡が消えてしまったような、そんな気持ちになります。

「おばあちゃん、わたし、ナナのためにすてきなドレスをつくるよ」

 エナは決心して、おばあちゃんに言いました。
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