あなたは私のオランジェットの片割れ
07・オランジェットの片割れ

「――杏? おばあちゃん、ちょっと買い物に行って来るからね」

「はーい! じゃあ、その間に掃除しておくね」

「それは助かるけど、あんまり無理しないようにね。身体、冷やさないように!」

「分かってる!」

 すぐ帰るから、と言って祖母は家を出ていった。それを見送ると杏は、二階に上がる階段脇にある納戸から、掃除機を取り出した。この家にもだいぶ慣れ、勝手知ったる、という感じだ。

 杏が祖母の家に転がり込んで、もう二ヶ月が過ぎていた。

 蒼士と暮らしていたマンションを飛び出して、何処へ行こうかと考えた時、最初に思いついたのは、前に自分が借りて住んでいたアパートへ帰る事だった。契約婚約するにあたって、蒼士の劇団が家賃を払いそのままにしてくれているはずだ。だけど、そんな所ではすぐに見つかってしまうだろう、と却下。

 実家も同じだ。蒼士と同じ劇団の斗馬がいる。斗馬と杏は高校の同級生だから、聞けば実家もすぐにバレてしまうだろう。他にも、一人暮らしをしている友達の所も考えたが、妊娠している身体で迷惑もかけられない。

 行く先が見つからず途方に暮れていたが、母方の祖母の事を思い出した。

 五年前に祖父が亡くなり、同居をしようという子どもたちの心配をよそに、一人の方が楽だからと申し出を全部蹴って、郊外の一軒家で一人暮らしをしている。杏はそこへ転がり込んだのだ。

 突然やって来た孫に、祖母は何も聞かなかった。杏も、妊娠している事と、しばらくここに住まわして欲しいとしか言わなかった。お腹の子が誰の子なのかも、言わなかったが、聞かれる事もなかった。

 祖母は年に一度、顔をみせるか見せないかの孫がそうして来たのだ、きっと余程の事なのだろうと察したようだった。

 いつか理由を話さなければいけないが、今はそれに甘えようと杏は思った。
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