あなたは私のオランジェットの片割れ
02・お菓子作りは大混乱
「うわぁ……!」
思わず子供みたいな声を出してしまい、恥ずかしくなって杏はあわててキュッと口を閉じた。
でも、そんな声を上げてしまうくらいの光景がそこには広がっていた。
二十畳はありそうな広々としたキッチンとダイニング。壁の一面がベランダに続く大きな窓になっていて、外の明るさを部屋に取り込んでいた。その窓際には大型の観葉植物なんかも置いてある。
シンクはアイランド型。IHコンロは三口あるし、後ろの大収納出来そうな棚には、プロが使うような調理器具が置いてある。大きなオーブンレンジも備え付けられていて、七面鳥の丸焼きだってラクラク出来そうだ。
まさに、杏の理想のキッチンだった。
「どうですか? 何か足りない物があれば言ってください」
隣に立っていた桐生の言葉に、杏は呆然とキッチンを見つめながら、「何もありません……」と、うっとりしながら答えた。
土曜日の午前中、杏は高層マンションの一室に来ていた。いや、連れてこられたといった方がいいだろう。例の、東雲蒼士へお菓子作りのレッスンをするために。
レッスンは、杏が会社を休みの土曜日の午前中。それなら蒼士もスケジュールを合わせやすいらしい。杏的には、土曜日の午前中なんてゆっくり寝坊したかったが、相手もドラマ撮影に間に合うように急いでいるみたいだったので、そうわがままも言えなかった。
期間は特に決まっていなかったが、四回ほどでなんとかしてほしいと言われている。なかなか強引だ。
そして、蒼士のマネージャーの桐生がアパートへ迎えに来てくれて、ここへ連れてこられたのだ。