いきなりママになりました
迫りくる約束の日

 朝から空気がよろしくない。
 打ち合わせを終え、取引先の本社ビルを出た寺西(てらにし)莉乃(りの)は、頭上に広がる分厚い雲を見上げてため息をついた。


 「雨が降るなんて、今朝の天気予報で言ってた?」


 思わずひとり言を呟き、恨めしげに雨を眺める。
 莉乃の会社まで歩いて十分。ビル伝いに軒先を歩くか、地下鉄の出口まで突っ走って地下道を歩くか。どちらにしても濡れるのは必至だ。
 このあとも仕事はあるし、着替えは会社に置いていない。

 (はぁ、困ったな……)

 溜息をついて悩んでいると、背後から唐突に声をかけられた。


 「これ、どうぞ」


 振り返れば、背の高いビジネスマンがネイビーの傘を差し出している。場違いなほど整っているスーツ姿は、まるで映画のワンシーンの中から抜け出してきたよう。


 「いえ、ですが」
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