温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛

プロローグ

金曜日の夜。
ホテルの最上階ラウンジは、都会の夜景を映す大きな窓に囲まれていた。
煌めく光の群れを背に、落合波瑠はグラスを傾ける。
波瑠は赤いワインを揺らし、ひとり言のように小さく吐き出す。

　「……もうすぐ、四十歳かあ」

つまらない夜だった。
　久しぶりのデートに期待した自分が馬鹿だった。相手の男が欲しかったのは、心でも会話でもなく――ただの体。
　「誰とでも寝る女だろ」
　吐き捨てるように言い残し、彼は去っていった。
　その言葉は、社内で彼女につきまとう噂と同じだった。派手な顔立ちのせいで、勝手に貼られた烙印。
　本当は真面目に働き、恋も不器用なだけなのに。
　それでも、酒を重ねれば痛みが少しはまぎれると思った。

「君は、どうしてそんなに酔っている？」

　低い声に振り向いた瞬間、波瑠は息をのんだ。
　松田圭吾。松田商事の御曹司であり専務。取引先の偉い人。
　会食帰りらしいスーツ姿の彼は、夜景を背にして立ち止まり、真っすぐに波瑠を見ていた。
　彼は会食帰りに立ち寄っただけなのだろう。だが、今夜偶然居合わせたその視線は、確かに波瑠をとらえて離さなかった。

　「……金曜の夜くらい、酔ってもいいじゃないですか」
　自嘲めいた声で返すと、彼は静かに首を振る。

　「つまらない夜だというだけで、酒癖が悪くなるのか？」
　呆れたように言いながらも、その声音は不思議と優しい。

温厚に見える松田専務。
　だが、その眼差しの奥に潜んでいるものを、このときの波瑠はまだ知らなかった。
　――それが、甘く強引な執着へと変わっていくことも。