温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛

誕生日

夜の街へと車を走らせながら、圭吾がふと口を開いた。
「……今夜は、何が食べたい?」

 助手席の波瑠は、窓の外に流れる灯りを眺めていたが、慌てて顔を向ける。
「え? もういいですよ。もう十分すぎるくらい祝っていただきました。本当に……ありがとうございます」

「……波瑠は、帰りたいのか?」
圭吾の低い声が車内に落ちた。

 短い沈黙ののち、波瑠はしっかりと彼を見て答える。
「帰りたくありません。……ですが、特に食べたいものって浮かばないんです。自分で考えると同じものばかりになって、つまらないかもしれません」

 その正直な言葉に、圭吾は一瞬だけ目を見開き、すぐに口元をほころばせた。
「なるほど……そう来たか」
 小さく笑い、ハンドルを握る手に力を込める。
「じゃあ、俺が決める」

 楽しげに告げる声には、確信と独占欲がにじんでいた。
波瑠は胸の奥が熱くなるのを抑えきれず、思わず窓の外に視線を逸らす。
車は静かに夜の街を抜け、彼が選ぶ場所へと走り出した。

 都会の高級マンションの地下駐車場に車が滑り込んだ。
エンジンが静かに止まり、波瑠は周囲を見回す。広々としたスペースに黒塗りの高級車が並び、無機質な静けさが漂っている。

「ここは……?」
思わず問いかけると、圭吾は短く答えた。
「俺の自宅だ」

 エレベーターに乗り込むと、直通でロビーへ。
大理石の床が光を反射し、シャンデリアが淡く煌めく。待ち構えていたコンシェルジュが、深く頭を下げた。

「松田様、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
圭吾は自然な調子で頷き、隣の波瑠を見やる。
「こちらは落合波瑠さんだ。今後、よろしく頼む」
「かしこまりました」

その瞬間、波瑠の胸がかすかに震える。紹介された。彼の世界に、自分が確かに踏み込んだのだと実感する。

圭吾は続けた。
「それと、今朝頼んでいたものもお願いできるか?」
「もちろんでございます。ただ、四十五分ほどお時間をいただきますが……よろしいでしょうか」
「ああ、ちょうどいい。頼むよ」

 軽やかに言い残すと、圭吾は波瑠の手を掴み、エレベーターへと導いた。
無言のまま閉じていく扉の中で、二人の距離はますます近づいていく。

玄関のドアが静かに開く。
「……入って」
促され、波瑠は小さく頷いた。
「お邪魔します」

 手はつながれたまま、二人はリビングへと歩を進める。
広々とした空間に間接照明が灯り、都会の夜景がガラス越しに瞬いていた。

 圭吾はジャケットを脱ぎ、無造作に椅子へ置くと、波瑠に向き直る。
そのまま彼女のコートへ手を伸ばし、肩からやわらかく滑らせるように脱がせた。
丁寧にソファに掛けると、視線を絡めたまま、彼は彼女を強く抱き寄せる。

 唇が触れた瞬間、胸の奥で張りつめていたものが解き放たれた。
「……波瑠。ずっとこうしたかった」
熱を帯びた吐息が耳元をかすめる。

 次の囁きは、低く甘やかな響きを伴っていた。
「……綺麗だ」

 その言葉に、波瑠は目を閉じ、彼の腕の中に身を委ねた。
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