温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛

強引な御曹司

沈黙が長く伸び、波瑠の喉が小さく鳴った。
視線は床に落ちたまま、唇がためらいがちに動く。

「……〇〇です」

蚊の鳴くような声。けれど、それは確かに彼の耳に届いた。

次の瞬間、携帯の向こうから吐息混じりの笑いが漏れる。
「……そうだ。それでいい」

圧倒するような安堵と支配の響き。
彼女の心臓は早鐘を打ち、羞恥と恐れと、どうしようもない期待が入り混じっていく。

「待っていろ。すぐ行く」

通話は一方的に切れ、残された部屋に沈黙が戻る。
けれど胸の奥は、彼の気配にすでに満たされていた。



圭吾の運転する車が静かにマンションの駐車場へと滑り込む。
エンジンを止め、運転席を降りた圭吾は助手席のドアを開けた。
「おいで」
差し伸べられた大きな手に、波瑠は少し戸惑いながらもその手を取る。
温かな掌に導かれ、彼女は車から降り立った。

エレベーターに乗り込み、静かに扉が閉まる。
上昇する振動の中、狭い空間に二人きり。
圭吾の隣に立つだけで、波瑠の鼓動は速くなっていく。
彼は何も言わずにフロアのボタンを押し、ただ大きな手でそっと彼女の手を包んだ。
その温もりに導かれるように――二人は圭吾の自宅へと向かっていった。

玄関の扉が閉まった瞬間、圭吾はためらいもなく彼女を腕の中へ引き寄せた。
「……会いたかった」
低く熱を帯びた声が、波瑠の耳元で震える。

不意の抱擁に息をのむが、抗うよりも先に、胸の奥からこみ上げるものがあった。
波瑠はそっと圭吾の背に手を回し、静かに応える。

「……おかえりなさい」

聞こえるか、聞こえないかの小さな声。
けれど圭吾の身体は確かに震え、その一言を全身で受け止めていた。

抱きしめる力がさらに強くなる。
まるで二度と離すまいと誓うかのように。

玄関での抱擁は、あまりに唐突で、あまりに強かった。
けれど圭吾は離さない。
「……波瑠」
その名を噛みしめるように呼び、彼は腕の中の彼女を見下ろした。

次の瞬間、抱きしめたままリビングへと導く。
コートを脱ぐことさえ忘れて、扉を閉める音が二人を外界から切り離した。

背を壁に預けた波瑠を逃さぬように、圭吾の顔がすぐ近くに迫る。
熱のこもった吐息が頬をかすめ、彼女の胸が大きく上下する。

「……もう我慢できない」

唇が重なり、思考が白く弾ける。
浅く、深く、奪うような口づけ。
強引なのに、底には会えなかった時間を埋める必死さが滲んでいた。

波瑠は一瞬戸惑いながらも、次第に彼の熱に引き込まれていく。
指先が彼の背中を探り、そっと力をこめた。

圭吾はその反応に、まるで確信を得たようにさらに深く口づけを重ねていった。

唇を離した圭吾は、荒い息のまま波瑠を見つめた。
その瞳に、欲望だけでなく、細やかな気づかいが宿る。

「……波瑠、少しやせたか?」

囁きは低く、けれど確かに彼女を案じる色を帯びていた。

思わず目を伏せる波瑠。
「……そうかしら」
笑ってごまかそうとした声が、震えているのを自分でもわかっていた。

圭吾の掌が頬に触れたまま、鋭い眼差しが彼女を射抜いていた。
逃げ場のない優しさに胸がざわつき、波瑠は小さく笑みを作る。

「……出張、どうでしたか?」

唐突な問いかけに、圭吾の目がわずかに細まる。
ごまかそうとしていることなど、簡単に見抜かれてしまうのをわかっていながら、それでも彼女はそう言うしかなかった。

圭吾は彼女を抱きしめたまま、耳元に低く囁いた。

「行き先がどこだろうと、誰に会おうと……頭の中はずっとお前でいっぱいだった」

波瑠の胸が小さく震える。
彼の言葉は強すぎるのに、心の奥に届くたび、熱となって溶けていく。

「夜になっても眠れなかった。メールを見返して、返事が素っ気ないと苛立った。
……会いたくて、どうしようもなかった」

吐き出される本音の一つひとつが、波瑠の心に重なって落ちてくる。
強い腕の中で逃げられないまま、彼女はそっと目を閉じた。

「……圭吾さん……」
思わず漏れた小さな声は、彼にさらに熱を与えてしまう。

圭吾の熱を帯びた言葉に胸がいっぱいになり、波瑠は抗いきれず小さく息を吐いた。
「……わたしも……寂しかった」

自分でも驚くほど素直な言葉。
聞こえた瞬間、圭吾の腕の力がさらに強まった。

「……波瑠」

頬に触れた大きな手が、彼女を逃さぬように包み込む。
波瑠は胸の奥が熱で満ちていくのを感じながら、彼に身を委ねた。

「……圭吾」

その名を呼ぶ声は震えていたのに、彼にとっては甘美な挑発にしか聞こえなかった。

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