温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
御曹司の嫉妬
火曜日の昼下がり。
商談を終えて圭吾は、秘書と短いやり取りを交わしながらエレベーターホールへ向かっていた。
そのとき、耳に馴染んだ声がふと届く。
「――波瑠、じゃあ後で」
エレベーターに消えていく男の声が、圭吾の胸に刺さる。
名前を呼ぶほどの距離感で、妙な親しさ。
波瑠はにこりと笑って、軽やかに返した。
「うん、じゃあね」
その笑顔。
圭吾の前だけのものだと信じていたのに――今は別の男に向けられている。
喉の奥に苦いものが込み上げ、拳が固く握りしめられた。
声をかけたい衝動を飲み込み、圭吾はあえて何も言わずにその場を通り過ぎる。
だが、心の奥には重く冷たい独占欲がじわりと広がっていた。
真樹の会社を出て、黒塗りの車に乗り込む圭吾。
ドアが閉まると同時に、冷たい静けさが後部座席に広がった。
車はゆっくりと走り出す。
圭吾は背もたれに深く身を預け、ポケットからスマートフォンを取り出した。
――昼間の光景が、頭から離れない。
名前で呼び合い、笑顔を交わす波瑠と男の姿。
奥歯を噛みしめながら、無駄に強い指先で画面をタップする。
スマートフォンが震え、画面に圭吾からのメッセージが浮かんだ。
「今夜、帰るときに連絡してくれ」
「……どうしたんだろう?」
波瑠は思わず小さく呟く。
いつもならもっと端的に「迎えに行く」とか「会いたい」と言い切る人なのに――妙に回りくどい気がする。
昼間から何かあったのだろうか。
少し首をかしげながらも、すぐに返信を打ち込んだ。
「わかりました。帰るときに連絡しますね」
送信を終えて画面を閉じたが、胸の奥には小さな疑問が残った。
――圭吾さん、今日は何か変。
それでも、短い言葉の向こうに潜む感情までは読み取れないまま、波瑠は深く息を吐いた。
仕事を終えた波瑠は、予約していた和食レストランへ向かった。
奥のテーブルにはすでに佐々木が座っていて、顔を見るなり懐かしそうに手を挙げた。
「おう、波瑠。変わらないな」
「佐々木こそ。三年ぶりかしら」
自然に笑い合い、席につく。
料理が運ばれるまでの間、ふたりは水を手にしながら近況を語り始めた。
「今日は典子が来られなくて悪いな。一番下の子が熱を出して……。今は実家に里帰りしてて、俺は本社に顔を出すために数日ホテル暮らしだ」
「そうだったのね。典子、大丈夫かしら」
「大丈夫だろう。あいつは強いからな」
佐々木は苦笑を浮かべつつも、声には妻への信頼がにじんでいた。
波瑠はふっと目を細めた。
――入社した頃、佐々木が典子に一目惚れして、何度も振られていた姿を思い出す。
「タイプじゃないから」ときっぱり断られても、二年間ひたすらアタックを続けた。
それでも諦めず、彼の誠実さが伝わってようやく交際に発展したのだ。
「……結局、あのとき私が間に入ったおかげね」
茶化すように言うと、佐々木が肩をすくめる。
「間に入った? お前がいなかったら、今の俺はないよ。波瑠、あのときは本当に感謝してる」
典子の旧姓が「落合」で、自分と同じ名字だったことから始まった縁。
そこから自然に親しくなり、三人で過ごす時間が増えた。
佐々木はその頃から、ずっと波瑠のことを下の名前で呼んでいる。
「しかし……あの頃の俺を思い出すと、よく耐えたもんだな」
「ほんとよね。典子に“しつこい”、”うざい”って言われてもめげなかったんだから」
二人は顔を見合わせて笑った。
懐かしい思い出話と温かい料理に、テーブルには自然と穏やかな空気が流れていた。
商談を終えて圭吾は、秘書と短いやり取りを交わしながらエレベーターホールへ向かっていた。
そのとき、耳に馴染んだ声がふと届く。
「――波瑠、じゃあ後で」
エレベーターに消えていく男の声が、圭吾の胸に刺さる。
名前を呼ぶほどの距離感で、妙な親しさ。
波瑠はにこりと笑って、軽やかに返した。
「うん、じゃあね」
その笑顔。
圭吾の前だけのものだと信じていたのに――今は別の男に向けられている。
喉の奥に苦いものが込み上げ、拳が固く握りしめられた。
声をかけたい衝動を飲み込み、圭吾はあえて何も言わずにその場を通り過ぎる。
だが、心の奥には重く冷たい独占欲がじわりと広がっていた。
真樹の会社を出て、黒塗りの車に乗り込む圭吾。
ドアが閉まると同時に、冷たい静けさが後部座席に広がった。
車はゆっくりと走り出す。
圭吾は背もたれに深く身を預け、ポケットからスマートフォンを取り出した。
――昼間の光景が、頭から離れない。
名前で呼び合い、笑顔を交わす波瑠と男の姿。
奥歯を噛みしめながら、無駄に強い指先で画面をタップする。
スマートフォンが震え、画面に圭吾からのメッセージが浮かんだ。
「今夜、帰るときに連絡してくれ」
「……どうしたんだろう?」
波瑠は思わず小さく呟く。
いつもならもっと端的に「迎えに行く」とか「会いたい」と言い切る人なのに――妙に回りくどい気がする。
昼間から何かあったのだろうか。
少し首をかしげながらも、すぐに返信を打ち込んだ。
「わかりました。帰るときに連絡しますね」
送信を終えて画面を閉じたが、胸の奥には小さな疑問が残った。
――圭吾さん、今日は何か変。
それでも、短い言葉の向こうに潜む感情までは読み取れないまま、波瑠は深く息を吐いた。
仕事を終えた波瑠は、予約していた和食レストランへ向かった。
奥のテーブルにはすでに佐々木が座っていて、顔を見るなり懐かしそうに手を挙げた。
「おう、波瑠。変わらないな」
「佐々木こそ。三年ぶりかしら」
自然に笑い合い、席につく。
料理が運ばれるまでの間、ふたりは水を手にしながら近況を語り始めた。
「今日は典子が来られなくて悪いな。一番下の子が熱を出して……。今は実家に里帰りしてて、俺は本社に顔を出すために数日ホテル暮らしだ」
「そうだったのね。典子、大丈夫かしら」
「大丈夫だろう。あいつは強いからな」
佐々木は苦笑を浮かべつつも、声には妻への信頼がにじんでいた。
波瑠はふっと目を細めた。
――入社した頃、佐々木が典子に一目惚れして、何度も振られていた姿を思い出す。
「タイプじゃないから」ときっぱり断られても、二年間ひたすらアタックを続けた。
それでも諦めず、彼の誠実さが伝わってようやく交際に発展したのだ。
「……結局、あのとき私が間に入ったおかげね」
茶化すように言うと、佐々木が肩をすくめる。
「間に入った? お前がいなかったら、今の俺はないよ。波瑠、あのときは本当に感謝してる」
典子の旧姓が「落合」で、自分と同じ名字だったことから始まった縁。
そこから自然に親しくなり、三人で過ごす時間が増えた。
佐々木はその頃から、ずっと波瑠のことを下の名前で呼んでいる。
「しかし……あの頃の俺を思い出すと、よく耐えたもんだな」
「ほんとよね。典子に“しつこい”、”うざい”って言われてもめげなかったんだから」
二人は顔を見合わせて笑った。
懐かしい思い出話と温かい料理に、テーブルには自然と穏やかな空気が流れていた。