温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛

御曹司の後悔

ファーストクラスのシートに身を沈め、シャンパンのグラスにも手を伸ばさず、圭吾は静かに目を閉じた。
ジェットエンジンの低い轟音が響く中、深く吐き出したため息は、自分の胸の奥に沈殿する後悔を拭い去ることはできない。

――俺は、波瑠に何てことをしてしまったんだ。

彼女が眠っているのか、それとも眠ったふりをしていたのか……あの柔らかな体温を抱きしめながら、心のどこかで気づいていた。
彼女は俺を拒んでいた。
それでも、離したくなくて……無理やり抱き続けた。

「……最低だな、俺は」

窓の外に広がる雲海は、どこまでも白く、遠い。
胸の中でざらつく痛みは、波瑠を抱き締めたときに感じた安らぎとは真逆のものだった。

罪悪感が胸を締めつける。
同時に、彼女を誰にも渡したくないという執念が、体の奥底から渦を巻く。

矛盾を抱えたまま、圭吾は静かに瞼を伏せた。
大きく息を吐き出し、心の奥でただひとつの事実に行き着く。

――それでも、もう手放せない。

一晩中、波瑠を抱き続けていたせいか、体の芯まで重だるさが残っていた。
彼女が眠っていたのか、それとも眠ったふりをしていただけなのか――その答えを得られぬまま、圭吾はただ腕の中の温もりを手放さなかった。

――波瑠。

その名を心の中で呼んだ瞬間、まぶたの裏に彼女の横顔が浮かんだ。
胸に渦巻く執着と後悔を抱えたまま、圭吾は深く息を吐き、やがて静かな眠りへと落ちていった。



到着ロビーに降り立つと、人波の向こうで綾香が手を振った。

「お父さん！」

駆け寄る娘に、圭吾はかすかに笑みを返す。
「綾香、元気だったか？」
「うん。でも……お父さん、ひどい顔してるね」

図星だった。眠れずに過ごした夜の影は、娘の目には隠しようがない。

「……そうか。隠せないか」
「隠せない。すごく疲れてるっぽい」

リムジンに乗り込み、海沿いを走る車内。
窓の外の青さとは裏腹に、圭吾の胸にはまだ重い影が残っていた。

リムジンがエントランスに滑り込むと、南国の風と花の香りが一気に押し寄せてきた。
スタッフの笑顔に迎えられ、スイートルームへと案内される。

部屋に入った途端、綾香が心配そうに振り返った。
「やっぱり休んだほうがいいよ、お父さん」

窓の外には鮮やかな海が広がっている。
だが圭吾の視線はそこに向かわず、ただ心の奥でひとりの女の名を呼んでいた。

――波瑠。

どれだけ離れても、決して消えない。

圭吾はわずかに笑みを返し、ソファへと身を沈めた。
南国の風に吹かれるような心地よさと、溜まった疲れに瞼が重くなる。
やがて意識が遠のき、無防備にこぼれ落ちた寝言が静かな部屋を満たした。

「……波瑠……」

荷物を整えていた綾香の手が止まり、驚いたように父を振り返る。
その寝顔を見つめる瞳に、戸惑いと好奇心が交錯していた。