温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
あたらしい生活
東京から周防大島町へ引っ越して、まだ数日。
荷ほどきも終わらないまま、波瑠は車に揺られて故郷・萩市へ向かった。
目的は――父の墓参り。
何年ぶりになるだろう。
山裾にある小さな寺に辿り着き、墓前に立つ。
波瑠は袖をまくり、冷たい水で墓石を丁寧に洗った。
線香に火を灯し、色鮮やかな花を供える。
手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。
胸の奥で、父へ語りかける。
「……お父さん。久しぶり」
声には出さない。けれど、心の中の会話は途切れることなく流れていく。
新しい生活のこと、東京を離れた理由、そして――まだ胸に残る痛み。
そのすべてを、父が静かに受け止めてくれている気がした。
墓参りを終えると、波瑠はゆっくりと寺を後にした。
静かな参道を抜け、懐かしい道を歩く。
足は自然と、子どものころよく遊んだ浜辺へ向かっていた。
潮の香りが、懐かしい記憶を呼び覚ます。
海岸に出ると、かすかな波音とともに、青い水平線が目に広がった。
「……変わらない」
思わず、口の中でつぶやく。
砂浜にしゃがみ込み、指先で白い砂を掬った。
あの頃と同じ海。
けれど自分だけが、遠くを巡って戻ってきた――そんな感覚が胸を締めつける。
風が髪を揺らし、どこかでカモメが鳴いた。
波瑠は目を細め、しばしその音に耳を傾けた。
砂浜に腰を下ろすと、冷たい潮風が頬を撫でていった。
波瑠は遠くの水平線を見つめながら、胸の奥に眠っていた記憶に引き戻されていく。
――圭吾。
一緒に過ごした日々。
誕生日に灯されたケーキのキャンドル。
クリスマスの夜、寄り添って見上げたイルミネーション。
抱きしめられた温もりと、耳元でささやかれた低い声。
「……会いたい」
ぽつりと唇から零れた言葉は、波音にすぐかき消された。
別れを選んだのは自分だ。
それなのに、心はまだ彼の影を追っている。
波瑠は両手を砂に埋め、深くうつむいた。
潮騒が、未練をさらうように寄せては返していた。
砂に両手を沈めたまま、波瑠は瞼を閉じた。
東京での出来事が次々とよみがえる。
圭吾の腕の中で感じた強引さ。
それでも、そこにあった確かな温もり。
心を揺さぶられるたびに、怖くて、同時に安らぎを覚えてしまった自分。
「……私は、何を求めているんだろう」
誰に答えを求めるでもなく、呟いた声は潮風に消えていった。
逃げるように離れた。
ここで一からやり直そうと決めた。
けれど――胸の奥ではまだ、あの人を思い出してしまう。
涙を堪え、空を仰ぐ。
雲の切れ間から射す光が、波間に反射して揺れていた。
――この先、私はどう生きるべきなのだろう。
そう問い続けながらも、波瑠はまだ知らない。
圭吾が、必死に自分を探し続けていることを。
荷ほどきも終わらないまま、波瑠は車に揺られて故郷・萩市へ向かった。
目的は――父の墓参り。
何年ぶりになるだろう。
山裾にある小さな寺に辿り着き、墓前に立つ。
波瑠は袖をまくり、冷たい水で墓石を丁寧に洗った。
線香に火を灯し、色鮮やかな花を供える。
手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。
胸の奥で、父へ語りかける。
「……お父さん。久しぶり」
声には出さない。けれど、心の中の会話は途切れることなく流れていく。
新しい生活のこと、東京を離れた理由、そして――まだ胸に残る痛み。
そのすべてを、父が静かに受け止めてくれている気がした。
墓参りを終えると、波瑠はゆっくりと寺を後にした。
静かな参道を抜け、懐かしい道を歩く。
足は自然と、子どものころよく遊んだ浜辺へ向かっていた。
潮の香りが、懐かしい記憶を呼び覚ます。
海岸に出ると、かすかな波音とともに、青い水平線が目に広がった。
「……変わらない」
思わず、口の中でつぶやく。
砂浜にしゃがみ込み、指先で白い砂を掬った。
あの頃と同じ海。
けれど自分だけが、遠くを巡って戻ってきた――そんな感覚が胸を締めつける。
風が髪を揺らし、どこかでカモメが鳴いた。
波瑠は目を細め、しばしその音に耳を傾けた。
砂浜に腰を下ろすと、冷たい潮風が頬を撫でていった。
波瑠は遠くの水平線を見つめながら、胸の奥に眠っていた記憶に引き戻されていく。
――圭吾。
一緒に過ごした日々。
誕生日に灯されたケーキのキャンドル。
クリスマスの夜、寄り添って見上げたイルミネーション。
抱きしめられた温もりと、耳元でささやかれた低い声。
「……会いたい」
ぽつりと唇から零れた言葉は、波音にすぐかき消された。
別れを選んだのは自分だ。
それなのに、心はまだ彼の影を追っている。
波瑠は両手を砂に埋め、深くうつむいた。
潮騒が、未練をさらうように寄せては返していた。
砂に両手を沈めたまま、波瑠は瞼を閉じた。
東京での出来事が次々とよみがえる。
圭吾の腕の中で感じた強引さ。
それでも、そこにあった確かな温もり。
心を揺さぶられるたびに、怖くて、同時に安らぎを覚えてしまった自分。
「……私は、何を求めているんだろう」
誰に答えを求めるでもなく、呟いた声は潮風に消えていった。
逃げるように離れた。
ここで一からやり直そうと決めた。
けれど――胸の奥ではまだ、あの人を思い出してしまう。
涙を堪え、空を仰ぐ。
雲の切れ間から射す光が、波間に反射して揺れていた。
――この先、私はどう生きるべきなのだろう。
そう問い続けながらも、波瑠はまだ知らない。
圭吾が、必死に自分を探し続けていることを。