温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛

御曹司の謝罪

圭吾は波瑠を抱きしめたまま、しばらく動けなかった。
彼女の体温を確かめるように、震える手で背中を撫で、ようやくゆっくりと腕を緩める。

両手で波瑠の頬を包み込み、その瞳を真正面から見つめた。
潤んだ黒い瞳が、夕陽を映して揺れている。

「……波瑠」

低く、切ない声が喉からこぼれる。
「すまない。あのとき、俺は……嫉妬でお前を傷つけた。謝ることもできずに、お前を追い詰めてしまった」

圭吾の瞳が熱く揺れ、言葉が途切れる。
「……本当に、すまなかった」

その必死の声音に、波瑠の胸が大きく揺れた。
彼女は唇を震わせながらも、返す言葉をすぐには見つけられない。

波瑠は唇を震わせながらも、声を出すことができなかった。
頬を伝う涙だけが、彼女の胸の内を語っていた。

圭吾はそんな波瑠を見つめ、そっと片手で涙を拭った。
そして、もう一方の手を差し伸べる。

「……花月に戻ろう」

穏やかな声に、波瑠は小さくうなずいた。
その瞬間、彼の手が彼女の手をしっかりと包み込む。

二人の掌が重なると、不思議と波瑠の心に静かな安堵が広がった。
もう一人ではない——その確かなぬくもりが、そう告げていた。

夕暮れの砂浜をあとに、二人は並んで歩き出す。
海の音を背に、灯り始めた花月の明かりが遠くに見えていた。

繋いだ手は離れることなく、ゆっくりと夜の空気へ溶け込んでいった。

花月の中庭を抜け、灯籠の明かりに導かれながら、二人はヴィラの前にたどり着いた。
圭吾が引き戸を開けると、檜の香りと静謐な空気が迎えてくれる。

部屋の中に足を踏み入れた瞬間、波瑠の肩がふるりと揺れた。
外の冷えた風から解き放たれ、張りつめていた緊張が一気に溶け出していく。

圭吾はドアを閉め、振り返った。
ランプの柔らかな光に照らされる波瑠の姿は、涙に濡れたまま、儚くも美しかった。

沈黙が流れる。
波瑠は視線を落としたまま、指先を重ね合わせていた。
胸の奥にはまだ恐れがある。
けれど、その恐れよりも、彼の温もりが欲しいと願ってしまう。

圭吾はそっと彼女の肩に手を置き、ゆっくりと顔を覗き込んだ。
「……やっと会えた」

波瑠は抑えきれずに嗚咽をもらし、顔を上げる。
その瞬間、二人の視線が絡み合った。
言葉以上の想いが、互いの瞳に溢れていた。

圭吾は彼女の肩に置いた手に、そっと力を込めた。
真剣な眼差しで波瑠を見つめ、低く、だが揺るぎない声で口を開く。

「波瑠……俺は、もう二度とお前を手放さない」

波瑠の瞳が大きく揺れる。
圭吾は続けた。

「この数週間、波瑠がいない日々がどれほど空虚だったか……思い知った。
俺には仕事も地位もある。けれど、それだけじゃ、生きている意味にはならない」

彼は深く息を吸い、絞り出すように言葉を重ねる。
「俺の人生に必要なのは、波瑠なんだ。
お前と共に笑い、共に悩み、共に歳を重ねたい。
……未来を、一緒に歩んでほしい」

その声音は、どこまでも切実で、ひとつの嘘も混じっていなかった。

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