温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛

二人の未来

「……波瑠?」
跪いたまま、圭吾は揺れる瞳で彼女を見上げる。
「返事は?」

波瑠の頬を伝う涙を、圭吾の指先が優しくぬぐった。
その仕草に、胸の奥で張りつめていたものが崩れ落ちる。

波瑠は声にならない嗚咽をこらえながら、ゆっくりとうなずいた。

「……はい」

かすれた声と共に、震える唇から言葉がこぼれる。
その瞬間、圭吾の表情が大きく揺らぎ、こみ上げる喜びを抑えきれなかった。

「……ありがとう。波瑠……」

彼は立ち上がり、力強く、しかし慈しむように波瑠を抱きしめた。
二人の間に流れるのは、過去の痛みを超えた確かな約束だった。

圭吾の胸に抱かれながら、波瑠は唇を震わせた。
「……圭吾さん、あのね……」

「うん?」
圭吾は彼女の顔を覗き込み、優しく問いかける。

けれど、波瑠は続けられなかった。
喉が詰まり、声にならない。
胸の奥で渦巻く想いが大きすぎて、言葉が出てこない。

沈黙の間に、圭吾の表情がわずかに変わった。
真剣な眼差しで彼女を見つめ、低く問いかける。

「……子どもが、出来たのか?」

波瑠の瞳が大きく揺れる。
「どうして……知っているの?」

圭吾は一瞬ためらい、やがて正直に告げた。
「君を探しているときに、報告があった。……波瑠が産婦人科から出てきたところを見た、と」

波瑠は息をのんだ。
胸の奥に隠してきた秘密を、彼がすでに知っていた。

涙が再び頬をつたう。
圭吾はそっと彼女の肩を抱き寄せ、真摯に言葉を重ねた。

「俺の子なんだろう?」

波瑠は震える唇で答えを探し、ついに小さくうなずいた。

「……産んでくれるか?」

波瑠の瞳が涙で揺れる。
「……いいの? 本当に……」

圭吾は迷いなく首を振った。
「当たり前だ。こんなにうれしいことはない」
圭吾の声は震えていた。
だが次の瞬間、真剣な眼差しで波瑠を見つめ、言葉を重ねる。

「……ただ、これはお前の体のことだ。年齢的なことや体力的なこと……不安もあるはずだ。
もし、波瑠が産みたくないというのなら……俺はその意思を尊重する」

波瑠の瞳に涙があふれた。
「圭吾さん……」

彼女はそっとお腹に手を添え、静かに微笑む。
「私ね、圭吾さんと二度と会えなくても……産むって決めてたの。だから、今こうして一緒に未来を話せて……すごく嬉しい」

その言葉に、波瑠の胸が熱くなり、嗚咽が漏れた。
彼の大きな手がそっとお腹に添えられる。

「ここに……俺たちの子がいるんだな」

圭吾の声は震えていた。
だがその瞳には、抑えきれない歓喜と、未来を守ろうとする強い光が宿っていた。

波瑠は涙に濡れた笑みを浮かべ、彼の胸に顔を埋めた。
「……ありがとう、圭吾さん」

二人の鼓動と、お腹の中の小さな命が、ひとつに重なって響いていた。

圭吾は波瑠の涙を拭い、真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「……波瑠。俺は明日、東京に戻らなくてはいけない」

波瑠の胸がきゅっと縮む。
束の間の安らぎが、再び現実へ引き戻される。

圭吾はそっと彼女の手を握り、続けた。
「一緒に帰るか? それとも、もう少しここにいたいか?」

問いかけは穏やかだった。
強引に連れていこうとするのではなく、彼女の意志を尊重しようとする声音。

波瑠はしばらく俯いたまま黙っていた。
お腹にそっと手を添え、深く息を吸う。
そして、意を決したように顔を上げた。

「……圭吾さんの邪魔にならないのであれば……私も、一緒に帰ります」

その言葉に、圭吾の瞳が大きく揺れた。
次の瞬間、彼の表情は歓喜に満ち、強く彼女の手を握りしめる。

「邪魔だなんて、そんなことを二度と言うな」
低い声に力がこもる。

「帰ろう。俺たちの場所へ」

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