財前夫妻は離婚できない
忘れられない一夜

 高い天井にクリスタルのシャンデリアがきらめく、ヨーロピアン調の重厚な寝室。

 アンティークの木製棚やドレッサーはどれも優しい曲線が印象的で、引き出しの側面に草花の細かな装飾が施されている。十七世紀のイギリスで作られたものだそうだ。

 都内の一等地に立つこの家は外観も貴族の邸宅さながらで、初めて訪れる人はみなうっとりと嘆息する。

 私だって、結婚当初はそうだった。

 豪華な暮らしに、社会的地位のある見目麗しい夫――しかも、彼は高校時代にずっと片想いしていた初恋の相手なのだから、浮かれるなという方が無理だろう。

 しかし、彼との結婚から一年と数カ月がたった現在、私は決して幸福とは言えない状況で床に伏していた。
 花模様の絨毯の上に鎮座する巨大なベッドで、ごろんと寝返りを打つ。

 私たちの結婚生活は冷え切っていて、だからこそあの夜、離婚を提案したはずだった。

 それが、こんなことになるなんて――。

 悶々としながらもう一度寝返りを打った瞬間、部屋のドアがノックされる。

「はい」
悠花(ゆうか)、先生が来てくれたぞ」
「……どうぞ」

< 1 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop