財前夫妻は離婚できない
忘れられない一夜
高い天井にクリスタルのシャンデリアがきらめく、ヨーロピアン調の重厚な寝室。
アンティークの木製棚やドレッサーはどれも優しい曲線が印象的で、引き出しの側面に草花の細かな装飾が施されている。十七世紀のイギリスで作られたものだそうだ。
都内の一等地に立つこの家は外観も貴族の邸宅さながらで、初めて訪れる人はみなうっとりと嘆息する。
私だって、結婚当初はそうだった。
豪華な暮らしに、社会的地位のある見目麗しい夫――しかも、彼は高校時代にずっと片想いしていた初恋の相手なのだから、浮かれるなという方が無理だろう。
しかし、彼との結婚から一年と数カ月がたった現在、私は決して幸福とは言えない状況で床に伏していた。
花模様の絨毯の上に鎮座する巨大なベッドで、ごろんと寝返りを打つ。
私たちの結婚生活は冷え切っていて、だからこそあの夜、離婚を提案したはずだった。
それが、こんなことになるなんて――。
悶々としながらもう一度寝返りを打った瞬間、部屋のドアがノックされる。
「はい」
「悠花、先生が来てくれたぞ」
「……どうぞ」
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