君と描く最後のページ
第10章 クリスマスの奇跡
12月の風が冷たく吹き、街はクリスマスの飾りで華やいでいた。
 窓の外には雪がちらつき、白い世界が冬の光に包まれている。

 わたしは画材を抱え、陽翔くんの家に向かう。
 小さな段ボールの中には、色鉛筆や絵の具、厚手の紙が入っていた。

「……美桜、準備できた?」
 玄関で陽翔くんが声をかける。
 黒髪が少し乱れ、前髪が目にかかっている。
 その澄んだ黒い瞳に、わたしは少しドキリとした。

「うん、今日は絶対素敵な絵本を作るんだから!」
 笑顔で答えると、陽翔くんは少し目を細めて笑った。

「……お前の笑顔、眩しいな」
 その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。



 リビングに座り、画用紙を広げる。
 陽翔くんは黙って絵の具を用意し、わたしにスペースを譲る。
 二人の間には自然と静かな時間が流れる。

 窓の外の雪が反射して、白く柔らかい光が差し込む。
 筆を持つ手が少し震える。
 でも、隣に陽翔くんがいるだけで、心は少しずつ落ち着いていく。

(……秘密を抱えたままでも、こうして普通の時間を過ごせる幸せ)

 心の奥でそう思いながら、わたしは最初のページに下書きを描き始める。
 小さな線が紙の上で形を作り、物語の世界が少しずつ動き出す。



 陽翔くんは黙々と自分のページを描いている。
 時折、わたしの描いた絵を覗き込み、小さなアドバイスをくれる。

「ここは、もう少し色を重ねた方がいいかもな」
 その声に、わたしは顔を上げ、にっこり笑う。
「うん、やってみる!」

 筆を動かすたびに、胸の奥がじんわり温かくなる。
 笑顔と集中の時間が交互にやってきて、わたしはこの瞬間をずっと覚えていたいと思う。



 時間が経つにつれて、ページは少しずつ埋まっていく。
 小さな物語が形になり、絵の世界が広がる。
 陽翔くんも、自分の描いたキャラクターを丁寧に色付けしている。

 窓の外で雪が舞い、光が反射して白く輝く。
 二人だけの世界に包まれ、わたしの心は少し軽くなる。
 秘密を抱えている孤独感も、ここでは消えてしまったかのようだ。

ページをめくるたびに、絵本の世界が少しずつ形になっていく。
 わたしが描いた小さなキャラクターに、陽翔くんは色をつけながら笑う。

「……ここ、もっと赤を強くした方が温かみが出るんじゃない?」
 わたしは首をかしげながら筆を置き、陽翔くんの手元を見る。
 彼の集中した顔、真剣な目、そしてたまに見せる小さな笑顔――
 その全てが、胸にぎゅっと響く。

「……なるほど、じゃあやってみる!」
 筆を持ち直し、少し大胆に色を塗る。
 紙の上で色が混ざり、キャラクターが息を吹き返すようだ。



 窓の外では雪が舞い、白く輝く世界が広がる。
 部屋の中に差し込む光は柔らかく、二人の影を長く伸ばしている。
 静かな時間の中で、互いの呼吸や筆の音が耳に心地よく響く。

「……美桜、このキャラクター、もっと笑顔にしてみよう」
 陽翔くんがそっと言う。
 わたしは頬を赤らめながらも、描き直す。
 笑顔を描くたびに、自分の心まで温かくなる気がした。



 作業を続けるうちに、自然と肩が触れそうな距離で向かい合っていることに気づく。
 わたしは一瞬ドキリとして、筆を止める。

(……手、触れたらどうしよう……)
 胸の奥で小さな緊張が走る。
 でも陽翔くんは何も言わず、ただ真剣に絵に集中している。

 その姿に、わたしは少し安心し、再び筆を握る。
 二人だけの世界――笑い、集中、少しのドキドキ。
 その全てが心地よく、幸せだった。



 ふと目を上げると、陽翔くんもわたしの描いたページを見て微笑んでいる。

「……これ、いい感じだな。美桜の絵って、ほんとに温かい」
 その言葉に、わたしは小さく笑う。
「ありがとう……陽翔くんも、すごく上手だよ」

 互いに褒め合うと、二人の間に柔らかい空気が流れる。
 冬の冷たい光も、雪の白さも、二人の心を温かく包み込む。



 作業がひと段落した頃、二人で絵本の最後のページを眺める。
 色が混ざり合った紙の上には、小さなキャラクターたちが笑顔で並んでいる。
 わたしの心も、少し軽くなった気がした。

「……できたね」
 小さな声でつぶやくと、陽翔くんはにっこり笑う。
「……うん、最高の絵本だ」

 その笑顔に、胸の奥がじんわり温かくなる。
 秘密を抱えて生きる日々の中で、こんな時間があるなんて――
 心の奥の不安も、少し忘れられそうだった。
絵本がついに完成した。
 厚手の紙に描かれた小さなキャラクターたちは、笑顔でページを埋めている。
 わたしは最後のページを閉じると、ほっと息をつく。

「……やったね」
 小さな声でつぶやくと、陽翔くんはにっこり笑った。

「……うん。すごくいい絵本だ。美桜の世界だ」
 その言葉に胸の奥がじんわり温かくなる。
 秘密を抱えた日常の中で、こんなに純粋に笑える瞬間があるなんて、心が震えた。



 陽翔くんは絵本を慎重に開き、一ページずつ指でなぞる。
 わたしは隣で、心臓が少し速くなるのを感じる。
 彼の視線がわたしの絵に注がれるたび、胸の奥に甘く温かい感情が広がった。

 雪が窓の外で舞い、冷たい空気の中に室内の温かさが際立つ。
 陽翔くんがそっと肩を寄せてくる。
 わたしは一瞬ドキリとするけれど、自然と体を彼に預ける。



 二人でページをめくるたび、笑い声が小さく教室のように響く。
 わたしが描いたキャラクターが陽翔くんのコメントで少し変わるたび、思わず笑ってしまう。

「……ここ、もっと笑顔にしてもいいかも」
 陽翔くんの言葉に、わたしは目を細めて笑う。
 筆を取り直し、キャラクターに少し手を加える。

 その瞬間、肩が触れ、心臓が跳ねる。
 でも、心地よい温もりに包まれ、自然と笑顔がこぼれる。



 完成した絵本を膝に置き、二人でじっと見つめる。
 小さなキャラクターたちの笑顔、色鮮やかなページ、細かい描写――
 努力が形になった達成感と幸福感に、胸がいっぱいになる。

「……本当に、ありがとう」
 思わずつぶやくと、陽翔くんは少し照れくさそうに笑う。

「……いや、俺も楽しかった。美桜と一緒に作れてよかった」
 その言葉に、胸の奥が温かくなり、安心感で満たされる。



 窓の外を見ると、雪が静かに舞い続ける。
 白い世界が、二人だけの特別な空間を包み込む。
 息が白くなる寒さの中、手をつなぐと互いのぬくもりが心に染みる。

 ページをめくるたびに、小さな物語が呼吸を始め、笑い声や温かさが流れ込む。
 肩越しに感じる陽翔くんの体温、呼吸、そして静かな存在――
 すべてが心を満たし、胸の奥がじんわりと温かくなる。



「……美桜、この絵本、誰かに見せるの?」
 陽翔くんの質問に、少し考える。
 秘密にしたい気持ちと、誰かに喜んでもらいたい気持ちが混ざる。

「……ううん、これは二人だけの宝物」
 わたしはそう答え、少し笑顔を見せる。
 陽翔くんも小さく頷き、二人の間に静かで確かな空気が流れる。



 夜が更けて、部屋の照明だけが柔らかく灯る。
 雪はますます深く積もり、外は白銀の世界。
 暖かい光と絵本のページ、そして隣の陽翔くんの存在――
 すべてが特別で、心に深く刻まれる夜だった。

 わたしはそっと陽翔くんの手を握る。
 胸の奥に少し切なさが残るけれど、温かさと幸福感がそれを包む。

(……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)

 小さな願いを胸に、わたしは笑顔で夜を過ごす。
 クリスマスの奇跡は、静かに、でも確かに訪れていた。
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