君と描く最後のページ
第11章 音に泣き朝
の光は、いつもより冷たく感じられた。
 カーテンの隙間から差し込む冬の光が、白い布団の上のわたしを照らす。

 目を覚まそうとするけれど、体が重くて思うように動かない。
 胸の奥がぎゅっと締め付けられる痛みに、わたしは小さくうめく。

 隣の椅子に座っていた悠斗お兄ちゃんの顔がぼんやり見える。
 彼の表情はいつもより固く、心配でいっぱいの目をしていた。

「美桜……大丈夫か?」
 声は落ち着いているけれど、その奥に隠れた焦りが伝わる。
 わたしはかすかに首を振るだけで、言葉が出ない。



 体が熱く、視界が揺れる。
 布団の上で手を握りしめ、何とか深呼吸をしてみるけれど、胸の奥の痛みが強くなる。
 小さな呼吸だけが、わたしの存在を感じさせている。

 千景の顔もちらりと浮かぶ。
 昨日、一緒に笑い合った時間――あの温かさを思い出し、涙がこぼれる。

(……こんな朝、来るなんて……)
 胸の奥で、恐怖と切なさが混ざり合う。



 そのとき、陽翔くんの声が聞こえた。
「美桜!しっかりしろ!」
 玄関のドアの音、靴の音、息遣い……普段は当たり前の音が、今日だけは心臓を揺さぶる。

 でも、体が動かない。
 手を伸ばそうとしても、腕が思うように動かず、布団の上で小さく震えるだけだった。



 お兄ちゃんが慌てて近づき、わたしの体を支える。
「悠斗……どうしよう、動かない!」
 母の声も重なり、部屋の空気が張り詰める。

 わたしはかすかに目を開けると、陽翔くんが必死で手を握っているのが見えた。
 その瞳には、驚きと恐怖、そして強い想いが混ざっていた。

「……大丈夫、俺がそばにいるから」
 その言葉に、涙が自然とあふれる。



 呼吸が荒くなる中、体は徐々に力を失っていく。
 静かな冬の朝が、音のない世界に変わっていくようだった。

 病院の手配が進み、救急車のサイレンが遠くで聞こえる。
 布団の上で、わたしは手だけで陽翔くんの手をぎゅっと握る。
 その温かさが、少しだけ心を落ち着かせる。
救急車のドアが閉まると、外の冬の空気が遠のき、赤と青の警告灯が室内を点滅させる。
 小さく揺れるストレッチャーの上で、わたしは手足の力が抜けていくのを感じる。

 陽翔くんの手がそっとわたしの手を握る。
「……美桜、しっかりしろよ」
 声は落ち着いているけれど、握る手の力が強くて、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 外の雪景色が窓の外に流れる。
 白い世界が、流れる光と影になり、目に入るのは断片的な景色だけ。
 心臓の痛みと息苦しさが重なり、意識は薄れていく。



 看護師の声が響く。
「酸素マスクをつけてください、心拍が不安定です!」
 医師がストレッチャーの横で指示を飛ばす。
 声は冷静なのに、空気が緊迫していて、息をするのも怖くなるほどだった。

 千景がわたしの頭をそっと支え、涙をこらえながら目を合わせる。
「美桜、お願い、頑張って……」
 その言葉だけが、意識が薄れる中で胸に届く。



 救急車の中、揺れるたびに胸の奥が痛む。
 呼吸は浅く、言葉を出す力も残っていない。
 でも、陽翔くんが隣で必死に手を握ってくれていることが、わたしを少し支えてくれる。

(……最後まで普通にいたい……)
 胸の奥で小さくつぶやく。
 声にはならなくても、心の中で繰り返す願いだけが、わたしを現実に留めていた。



 病院の玄関に到着すると、ストレッチャーが素早く運ばれ、廊下に緊張が走る。
 看護師や医師が手際よく処置を始める。
 モニターの数字が点滅し、心拍計の音が響く。

 陽翔くんはわたしの手を握りながら、唇を噛みしめる。
「……絶対、大丈夫だ」
 でもその瞳の奥には、焦りと涙が見え隠れしていた。

 千景はわたしの肩を抱き寄せ、泣きながらも落ち着いた声で名前を呼ぶ。
「美桜……目を開けて……お願い……」

 声は届いているのか、わたし自身もわからない。
 痛みと息苦しさで、体はだんだん意識を手放していく。



 お兄ちゃんも駆けつけ、涙を浮かべながらわたしの顔を覗き込む。
「美桜……お願い……しっかりして……」
 その声に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 手を握り返す力もなく、ただ胸の中で意識を保とうと必死になる。
 窓の外には雪が舞い続け、冷たい風の匂いが病院の廊下まで届く。

(……陽翔……千景……悠斗……)
 名前を思い浮かべながら、意識が遠のく。
 けれど、手の温かさだけはしっかり感じることができた。



 医師が低い声で説明する。
「安定するまでしばらく処置が必要です」
 言葉の意味は理解できるけれど、胸の痛みと体の重さで、それ以上考えることができない。

 陽翔くんの手が、わたしの手の中で微かに震える。
 千景の涙の温もりが、胸に染み渡る。
 すべてが遠くなり、音のない世界に包まれていく――
病院の白い廊下に、足音と救急カートの車輪の音が反響する。
 窓の外には雪が舞い、冷たい冬の光が差し込む。
 ストレッチャーに横たわるわたしの手を、陽翔くんが必死に握る。

「……美桜、大丈夫だから」
 その声は落ち着いているけれど、微かに震えている。
 わたしはかすかに頷くつもりで目を開けるが、体が重く、視界はぼんやりしている。



 処置室に入り、看護師が酸素マスクを装着してくれる。
 心拍計が胸に貼られ、モニターがピッピッと小さな音を立てる。
 その音が、わたしには遠く、静かで、まるで自分の心臓の代わりに響いているように感じられる。

 千景が隣で涙をこらえながら、顔を覗き込む。
「美桜……しっかり……生きて……」
 その言葉に、胸の奥がぎゅっと痛む。
 でも同時に、心の奥底で少し温かさを感じる。



 陽翔くんはわたしの手を強く握り、涙を浮かべながらも声を震わせず言う。
「……絶対に諦めない。俺、そばにいるから」

 お兄ちゃんも肩越しにそっと支え、母も背後で祈るように見守る。
 その温かさが、意識が遠のく中で小さな光となり、わたしを現実に留めてくれる。



 点滴が腕に刺さり、酸素マスクが鼻を覆う。
 体の奥から重さが広がり、意識は薄れそうになるけれど、手のぬくもりだけは感じられる。
 陽翔くんの手、千景の手、お兄ちゃんの手――
 すべてが、わたしの小さな存在を確かめてくれているようだった。

 目を閉じて、意識の奥でつぶやく。
(……最後まで、普通に……笑っていたい……)



 モニターのピッピッという音が、遠くで繰り返される。
 医師が落ち着いた声で処置の手順を説明しているが、わたしには断片的にしか聞こえない。
 息は浅く、胸の奥が痛い。
 けれど、目の奥に映る光や、手の温もりが確かに存在していることを感じる。

 千景が小さな声で名前を呼ぶ。
「美桜……お願い……しっかり……」
 その声だけが、意識の遠い海の中で光となり、わたしを包む。



 少しずつ目の前が白くなり、視界が薄れていく。
 胸の奥にある痛みと、呼吸の苦しさに耐えながらも、心はほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。

 手を握る陽翔くんのぬくもり、千景の温かさ、お兄ちゃんの存在――
 すべてが、音のない世界での光となる。

(……みんな、ありがとう……)
 その気持ちを胸に、意識がゆっくり遠のいていく。
 でも、温もりと愛に包まれた時間は、確かに心の中に刻まれていた。



 処置が進む中、医師たちは落ち着いて作業を続ける。
 モニターが点滅する音、呼吸の音、機械のかすかな動作音――
 すべてが、音のない世界でわたしの意識を支えるリズムとなっている。

 冬の朝の冷たさ、白い光、雪景色の向こうに見える希望。
 そのすべてを胸に、わたしは小さく目を閉じる。

 切なさと温かさが入り混じる中で、音のない朝は静かに過ぎていった。
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