君と描く最後のページ
第12章 ノートの最後のページ
 白い病室の中、わたしは目を開けられない。
 体は重く、胸の奥に鈍い痛みが広がる。
 意識はぼんやりとして、目の前の光景も断片的にしか見えない。

 ベッドの脇には悠斗お兄ちゃんが座り、手元のノートをそっと広げている。
 そのノートの最後のページには、わたしが書き残した言葉が並んでいた。

(……これを、みんなに……)
 心の奥で小さくつぶやく。
 声に出せなくても、思いだけははっきりと存在する。



 陽翔くんがベッドのそばに座り、握った手をそっと握り返してくれる。
「美桜……しっかり、頼むから」
 その声に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
 モニターのビープ音だけが、静かな病室に響く。

 千景も傍らで小さく泣きながら、手を握っている。
 そのぬくもりが、少しだけ安心感をくれる。



 心の中で、わたしは筆を取る。
 手は動かないけれど、意識の中で文字を綴るように思いを送る。
(悠斗……読んでくれるかな……)

 書き残したノートの言葉は、誰かに伝えるための最後の贈り物。
 わたしの存在の証でもあり、残せる愛の形でもあった。



 体がさらに重くなる。
 呼吸は浅く、胸の痛みが波のように押し寄せる。
 でも、心の中では小さな光が揺れている。
(……最後まで、笑っていてほしい……)

 手紙の最後の文章が、意識の中で輝く。
 そこには、誰にも言えなかった思い、感謝、そしてさよならの言葉。



 悠斗がそっとページをめくり、わたしの文字を追う。
 涙が頬を伝い落ちる。
「美桜……こんなに想いを残して……」
 声を震わせ、手で目元を押さえる。

 わたしは見えないけれど、彼の涙と温かさが胸に届く。
 この瞬間、すべての時間が止まったかのように感じられた。
悠斗はわたしの手紙をそっと手に取り、文字を目で追う。
 ページには、わたしの小さな願いと日常の記録、そして感謝の言葉が丁寧に並んでいる。

「美桜……」
 声は震え、唇が微かに動く。
 涙が頬を伝い落ちる。
 手紙の一文字一文字に、妹の命の重みと、心の中に秘めた願いが詰まっていることを感じる。



 陽翔くんはベッドのそばで、手を握りながら涙をこらえている。
「……絶対、無事で……」
 言葉は途切れ途切れで、必死に心の中の願いを形にしている。
 千景もそっと肩を震わせ、わたしの手を握ったまま目を伏せる。

 モニターのピッピッという音が、静かな病室に響く。
 その規則的なリズムが、逆に切なさを際立たせる。



 手紙を読み進める悠斗の胸中は複雑だった。
 愛する妹が、自分に託した最後の想いを一文字ずつ追うたびに、胸が締め付けられる。
 でも同時に、その言葉が命の証であり、彼女の優しさの結晶であることも理解できる。

「……俺、絶対に守るから……」
 声を漏らし、涙を拭いながら、悠斗は心の中で誓った。
 妹の願い、想いを、必ず伝えることを。



 わたしの意識は断片的で、夢と現実の境界にいる。
 遠くで聞こえる声、手のぬくもり、冬の光、紙の感触――
 すべてが混ざり合い、鮮やかに浮かぶ。

(……悠斗……陽翔……千景……みんな……ありがとう……)
 かすかな心の声は届かないけれど、手のぬくもりや温かさとして胸に伝わる。



 陽翔くんが目を伏せ、手のひらをぎゅっと握りしめる。
 その手の熱さに、わたしの意識はほんの少しだけ戻る。
 心の奥で、小さな笑顔が浮かぶ。

「……美桜……」
 呼ぶ声に、わたしはうっすら目を開けた気がした。
 でも体は動かず、言葉も出ない。

 千景の肩越しに見える悠斗の涙、陽翔くんの必死な表情――
 すべてが、切なく、愛しく、そして尊い瞬間だった。



 病室の外は冬の光が差し込み、雪が静かに舞う。
 白い光が窓を通して部屋を柔らかく照らす中、わたしはモニターのピッピッという音と手の温もりに包まれる。
 音のない世界で、心は確かに動いていた。

 手紙の最後の言葉が、意識の中で浮かぶ。
(……みんな、笑って……生きて……)
 願いを胸に、わたしは静かに眠りに落ちていく。
病室は静まり返り、白い光が窓から差し込む。
 外の雪は降り続き、世界は音を吸い込んだかのように静かだ。

 悠斗は手紙をそっと抱きしめ、肩を震わせながら読み続ける。
 文字の一つ一つに、妹の思いが詰まっていることを感じ、胸の奥が締め付けられる。

「……美桜……なんて優しい子なんだ……」
 涙が頬を伝い、手紙の紙を濡らす。
 手紙の温かさと文字の力が、悠斗の胸に深く刻まれた。



 陽翔くんはベッドの脇に座り、手をぎゅっと握り返す。
 目は潤み、時折涙が頬を伝う。
「……美桜、絶対に……笑っててほしい……」
 声はかすかに震えているけれど、その言葉には全力の祈りが込められていた。

 千景もそっとわたしの手を握り、肩越しに涙をこらえる。
 小さな声で名前を呼び、呼吸を合わせながらそばにいる。
 そのぬくもりが、わたしの心の奥深くに届く。



 意識が遠くなる中で、わたしの心は小さな光を探す。
 手のぬくもり、涙の温かさ、冬の光、モニターの規則的なピッピッという音――
 すべてが、切なくも愛しい証となり、心に染み込む。

(……悠斗……陽翔……千景……ありがとう……)
 声には出せないけれど、心の奥で繰り返す。
 思いは、手の中の温もりや視線の奥で伝わっていることを感じる。



 悠斗が手紙を閉じる瞬間、深いため息をつきながら涙を拭う。
「……絶対に、守る……美桜の願い……」
 その声は小さいけれど、力強く、決意に満ちていた。

 陽翔くんはわたしの手を握り直し、そっと頬に触れる。
 その温もりに、わたしの心は微かに反応する。
 断片的な意識の中で、小さく笑顔を浮かべた気がした。



 千景が静かに、でもしっかりと名前を呼ぶ。
「美桜……ここにいるよ……」
 その言葉に、意識がわずかに戻る。
 手の温かさ、声の響き、全てが心の奥で生きている。

 モニターのピッピッという音が、心臓のリズムと重なり、静かな希望を運ぶ。
 冬の光、白い病室、温かい手と涙……
 すべてが交錯し、切なさと温もりに包まれた時間が流れる。



 意識が遠のく前に、心の奥で最後の願いをつぶやく。
(……みんな、笑って……生きて……)

 手のぬくもり、声、温かさが、静かな冬の病室の中で確かに存在する。
 わたしは小さく目を閉じ、音のない世界で静かに眠る。
 それでも、心の中の光は消えず、愛と希望の余韻を残したままだった。
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