君と描く最後のページ
第16章 僕らが生きた理由
朝の光が校舎の窓を淡く染め、春の風が静かに校庭を吹き抜ける。
 桜の花は満開ではないけれど、つぼみからほのかにピンク色が覗く。

 制服に身を包み、教室に入ると、友達の顔が見える。
 みんなの表情は明るく、でもどこか切なさを含んでいる。
 俺も同じだった――笑顔の裏に、美桜がいないことの寂しさがある。

 胸の奥がぎゅっと締め付けられるけれど、今日はスピーチの日だ。
 美桜のことを、そして命の重みを、みんなに伝えなければならない。



 手に持った原稿を何度も見直す。
 心の中では言いたいことがあふれるけれど、声にするには少し勇気がいる。
(……どう伝えれば……美桜のこと、みんなに……)
 深呼吸をして、校庭の桜を思い浮かべる。
 風に揺れる枝、舞い散る花びら、そしてあの温かい笑顔。



 式典が始まり、壇上に立つ。
 ざわめきの中、視線の先にはクラスメイト、千景、悠斗の姿。
 胸の奥が熱くなり、言葉が震える。

「……僕たちは、毎日を当たり前に過ごしているけれど……」
 声は最初、少しかすれていた。
「でも、その当たり前は、決して当たり前じゃない――命は、限りがあるんだ」
 教室の中が静まり返り、空気が重くなる。

 俺の胸の中で、美桜の笑顔が浮かぶ。
(……君は、最後まで普通の女の子として生きたんだ……)
 その思いを胸に、声を強くする。



「美桜は、短い時間しか僕たちと過ごせなかったけれど……
その一瞬一瞬は、とても尊いものでした。
彼女が笑って、楽しんで、そして最後までやりたいことを叶えようとしたその姿は……
僕たちに、生きる意味や大切なことを教えてくれました」

 声は次第に力強くなり、涙が頬を伝う。
 でも、胸の奥には温かさもある――
 悲しみの中に、確かな愛と希望が混ざっていた。



 友達の目にも涙が光る。
 千景は胸に手を当て、うなずきながら静かに聞いている。
 悠斗も固く握った手で、涙をこらえながら見守る。

 校庭の桜の香り、春の光、柔らかい風――
 すべてが、この瞬間を包み込み、胸に刻まれる。

 壇上から見渡すクラスの顔、窓の外の春景色、そして美桜の記憶――
 それらすべてが、俺の声の力となり、スピーチを支えてくれる。
壇上で深呼吸をひとつする。
 教室の中は静まり返り、窓から差し込む春の光が、温かくも切ない影を作っている。
 風に揺れる桜の枝が、ガラス越しにちらちらと映り、胸の奥をぎゅっと締め付ける。

「僕は、美桜と出会えて、本当に幸せでした」
 声が震え、涙が頬を伝う。
 でも、胸の奥には決意があった――悲しみを抱えながらも、前に進むこと。

 美桜の笑顔が脳裏に浮かぶ。
 ふわふわの茶髪、垂れ目の優しい瞳、いつもにこにこして気配りを忘れない彼女。
(……君は、どんなときも、僕を見てくれてた……)
 思い出すたび胸が熱くなる。



 千景は隣で手を握り、静かにうなずく。
 悠斗も目を潤ませながら、握った拳を胸にあてる。
 クラスメイトたちも目に涙を浮かべ、言葉はなくても、心で聞いてくれていることが伝わる。

「短い時間だったけれど、美桜は僕たちに命の尊さ、毎日を大切にすることを教えてくれました」
 声を振り絞り、壇上から見渡す。
 窓の外には春の風が舞い、花びらがかすかに揺れる。
 その風の感触が、まるで美桜がそばにいるかのように感じられる。

 胸の奥でぎゅっと握りしめた思い――
 悲しみ、悔しさ、でも愛と温かさもある。
 すべてを言葉に乗せて伝えることが、今の自分にできる最大のことだと感じた。



 窓の外で小鳥がさえずり、桜の花びらが舞う。
 風がそっと頬を撫で、教室の空気は静かに満ちている。
 悲しみの中にある温かさ、愛情、思いやり――
 美桜が教えてくれたすべてが、この瞬間に凝縮されて胸に響く。

(……美桜、ありがとう……君のこと、絶対に忘れない……)
 涙が頬を伝い、声が少し詰まる。
 でも、胸の奥には小さな光がある――
 悲しみの中でも、生きる力が確かに芽生えていることを感じる。



 壇上から見下ろす教室には、友達や千景、悠斗の温かい視線がある。
 声にならない思い、握られた手、うなずき、涙――
 すべてが、俺に勇気をくれる。

「僕たちは、美桜の生きた証を胸に、これからも生きていきます」
 言葉が徐々に力を帯び、教室中に響き渡る。
 春の光、柔らかな風、舞う花びら――すべてが、悲しみと希望を同時に運んでくれるようだった。

スピーチを終え、壇上から教室を見渡す。
 友達の目には涙が光り、千景は静かにうなずき、悠斗は胸に手をあてている。
 その光景に、胸がぎゅっと締め付けられる。

 教室の外では春の風がそよぎ、桜の枝が揺れ、花びらが窓ガラスに舞い込む。
 風に乗って漂う花の香りが、切なくも温かい思い出を胸に運ぶ。

(……美桜、君はここにいないけど……確かに俺の中で生きてる……)
 思い出すのは、ふわふわの茶髪、優しい笑顔、いつも周りを気遣うその姿。
 悲しみが胸を締め付けるけれど、同時に温かさが広がる。



 教室を出ると、春の光がまぶしく、風が髪をそっと撫でる。
 足元には舞い散る桜の花びら、遠くで子供たちの声が響く。
 空気は澄んでいて、悲しみの中にも希望を感じさせる。

 千景が隣に立ち、小さく笑みを浮かべる。
「陽翔……頑張ったね」
 その言葉に、胸が熱くなり、視界が少し滲む。
 でも、前に進む力も同時に湧いてくる。

 悠斗も寄り添い、静かにうなずく。
「美桜も、きっと喜んでる……」
 その言葉が、心の奥に小さな光を灯す。



 俺は深呼吸をひとつして、校庭を歩きながら春の風を全身で感じる。
 鳥のさえずり、風に揺れる桜の枝、足元の花びらの感触――
 五感すべてが美桜との思い出を呼び覚まし、胸に重く、でも優しく残る。

 リュックには、まだ未完の「やりたいことリスト」が入っている。
 これからも、一つずつ、君の思いを叶えていく。
 悲しみと切なさを抱えつつも、それは生きる力となる。



 夕方、校舎の窓から差し込む光は金色に染まり、教室の床に長い影を落とす。
 仲間たちと歩きながら、笑顔と涙が交錯する。
 声を出さなくても、互いの心は通じ合っている。
 美桜が残した温もりは、こうして日常の中に確かに息づいていた。

(……君のこと、絶対に忘れない……)
 心の中で静かに誓いながら、風に舞う花びらを見つめる。
 悲しみはまだ大きいけれど、同時に、前に進む希望も確かにある。

 春の光、風、桜――すべてが、俺に生きる理由を教えてくれる。
 美桜の存在はもう手の届かない場所にあるけれど、記憶の中で生き続ける。
 そして俺は、彼女の思いを胸に、これからも歩き続けるのだ。
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