君と描く最後のページ
悠斗side_____お墓前
蝉の声が遠くでかすかに鳴いていた。けれど、墓地の中は不思議と静かで、木々を抜ける風が小さな葉擦れの音を立てるだけ。俺はゆっくりと歩みを進め、美桜の墓前に立った。
白い花を胸に抱きしめながら、しゃがみこむ。冷たい石に指先が触れた瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。何度も訪れているはずなのに、この感覚には慣れることがない。
「……美桜」
声に出すと、泣きそうになる。妹の名前を呼ぶだけで、胸がいっぱいになって、言葉が詰まってしまう。
花をそっと供えて、線香に火をつける。煙がゆらゆらと揺れ、淡く空へ溶けていく。その煙の向こうに、美桜が笑っているような気がした。
「会いに来たよ」
俺は静かに語りかける。
――お前がいなくなってから、どれだけの時間が経っただろう。
笑っているはずの顔を、もうこの手で触れることはできない。声を聞きたいのに、届かない。妹を守るって誓ったのに、結局、俺は何もできなかった。
「……ごめんな」
小さな声が、墓石に吸い込まれていった。
思い出すのは、幼い日のことばかり。まだ小さかった美桜は、俺の後ろをちょこちょことついてきては「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って呼んでくれた。俺はそれが誇らしくて、守らなきゃって、そう思ってた。
なのに。
「……お前を一番苦しめたのは、俺だったな」
気づけば、拳を固く握りしめていた。
自分の過保護さも、口うるささも、全部、美桜の笑顔を縛りつけていたんじゃないかって。
そして――もう一つ。
胸に渦巻く感情は、陽翔に向けられていた。
最初は許せなかった。
妹の隣に立つ男なんて、誰であろうと認められるはずがなかった。美桜を奪っていくようにしか思えなかったから。
「……だけどな、美桜」
俺は煙の先に語りかける。
「最後まで、お前を笑わせてくれたのは、陽翔だったんだな」
あの日、病室で見た美桜の笑顔。
もう弱々しくて、痛々しいくらいだったのに、それでも幸せそうで。俺には見せなかった表情を、陽翔には見せていた。
胸が締めつけられた。
悔しくて、憎らしくて、でも同時に――ありがたかった。
「ずるいよな」
小さく笑う。
「俺にはできなかったことを、全部あいつがしてくれた」
気がつけば、涙が頬を伝っていた。
泣かないって決めてたのに。強い兄でいようとしたのに。墓前で声を震わせながら、涙を止められない。
「……美桜。あいつを選んで、幸せだったか?」
返事はない。
だけど、風がふわりと頬を撫でた。まるで「うん」って微笑んで答えてくれたみたいで、俺は顔を歪めながら笑った。
「……そうか」
少しの沈黙。
それから、ずっと胸に引っかかっていた言葉を、ようやく吐き出した。
「陽翔……あいつのこと、許すよ」
石を見つめながら呟く。
「お前を奪った相手だなんて、もう思わない。あいつは、お前を本当に大事にしてた。だから……ありがとうって、伝えなきゃな」
長い間、心に溜めこんできた憎しみや悔しさが、少しずつほどけていくのを感じた。代わりに残ったのは、深い哀しみと、静かな感謝だけだった。
風がまた吹いて、線香の煙が空に溶けていった。
「……また来る」
立ち上がり、墓に背を向ける。けれどすぐに振り返って、もう一度だけ妹の名を呼んだ。
「美桜」
俺の声はかすれていたけど、不思議と温かかった。
歩き出す足取りはまだ重い。けれど、さっきよりはほんの少しだけ前に進める気がした。
――美桜の想いを胸に、そして陽翔に託されたものを抱えて。
白い花を胸に抱きしめながら、しゃがみこむ。冷たい石に指先が触れた瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。何度も訪れているはずなのに、この感覚には慣れることがない。
「……美桜」
声に出すと、泣きそうになる。妹の名前を呼ぶだけで、胸がいっぱいになって、言葉が詰まってしまう。
花をそっと供えて、線香に火をつける。煙がゆらゆらと揺れ、淡く空へ溶けていく。その煙の向こうに、美桜が笑っているような気がした。
「会いに来たよ」
俺は静かに語りかける。
――お前がいなくなってから、どれだけの時間が経っただろう。
笑っているはずの顔を、もうこの手で触れることはできない。声を聞きたいのに、届かない。妹を守るって誓ったのに、結局、俺は何もできなかった。
「……ごめんな」
小さな声が、墓石に吸い込まれていった。
思い出すのは、幼い日のことばかり。まだ小さかった美桜は、俺の後ろをちょこちょことついてきては「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って呼んでくれた。俺はそれが誇らしくて、守らなきゃって、そう思ってた。
なのに。
「……お前を一番苦しめたのは、俺だったな」
気づけば、拳を固く握りしめていた。
自分の過保護さも、口うるささも、全部、美桜の笑顔を縛りつけていたんじゃないかって。
そして――もう一つ。
胸に渦巻く感情は、陽翔に向けられていた。
最初は許せなかった。
妹の隣に立つ男なんて、誰であろうと認められるはずがなかった。美桜を奪っていくようにしか思えなかったから。
「……だけどな、美桜」
俺は煙の先に語りかける。
「最後まで、お前を笑わせてくれたのは、陽翔だったんだな」
あの日、病室で見た美桜の笑顔。
もう弱々しくて、痛々しいくらいだったのに、それでも幸せそうで。俺には見せなかった表情を、陽翔には見せていた。
胸が締めつけられた。
悔しくて、憎らしくて、でも同時に――ありがたかった。
「ずるいよな」
小さく笑う。
「俺にはできなかったことを、全部あいつがしてくれた」
気がつけば、涙が頬を伝っていた。
泣かないって決めてたのに。強い兄でいようとしたのに。墓前で声を震わせながら、涙を止められない。
「……美桜。あいつを選んで、幸せだったか?」
返事はない。
だけど、風がふわりと頬を撫でた。まるで「うん」って微笑んで答えてくれたみたいで、俺は顔を歪めながら笑った。
「……そうか」
少しの沈黙。
それから、ずっと胸に引っかかっていた言葉を、ようやく吐き出した。
「陽翔……あいつのこと、許すよ」
石を見つめながら呟く。
「お前を奪った相手だなんて、もう思わない。あいつは、お前を本当に大事にしてた。だから……ありがとうって、伝えなきゃな」
長い間、心に溜めこんできた憎しみや悔しさが、少しずつほどけていくのを感じた。代わりに残ったのは、深い哀しみと、静かな感謝だけだった。
風がまた吹いて、線香の煙が空に溶けていった。
「……また来る」
立ち上がり、墓に背を向ける。けれどすぐに振り返って、もう一度だけ妹の名を呼んだ。
「美桜」
俺の声はかすれていたけど、不思議と温かかった。
歩き出す足取りはまだ重い。けれど、さっきよりはほんの少しだけ前に進める気がした。
――美桜の想いを胸に、そして陽翔に託されたものを抱えて。