君と描く最後のページ
第3章 ノートに書いた言葉
ある放課後。
 教室の窓から差し込む夕陽が、机の上に長く影を落としていた。

 わたしは机にうつ伏せになったまま、ぽつりとつぶやく。

「……普通の女の子でいられるかな」

 胸の奥でざわざわする気持ちを、誰にも見せられない。
 でも、どうしても文字にして残したくなった。

 机の引き出しから、小さなノートを取り出す。
 これまで秘密にしてきた、わたしだけのノート。
 鉛筆を握る手が少し震える。

(書こう。心の中を、そのまま……)

 最初のページには、わたしの名前を書き、次に今日感じたことを簡単にメモする。
 そのあと、思いつく限り「やりたいこと」を箇条書きにしていった。

――友達と一緒に放課後におしゃべりする
――千景とプリクラを撮る
――好きな絵本を自分でも描いてみる
――秋の風に当たりながら、街を歩く

 書きながら、自然と小さく笑みがこぼれる。
 でもその笑顔は、机に向かうわたしだけのものだった。



 次の日。
 千景ちゃんはいつも通り、明るく教室に入ってきた。

「美桜、昨日の宿題やった?」
「うん、ちゃんとやったよ!」
 またもや笑顔を作る。
 でも、胸の奥で、昨夜ノートに書いた言葉がちらちらと浮かんでくる。

(ああ……やっぱり、わたし、普通の女の子じゃないんだ)

 そんな思いを隠すために、わたしは千景ちゃんの話に夢中になったふりをする。
 笑うこと、聞くこと、全部――普通に見せるための演技。



 放課後、陽翔くんが教室の片隅で、何やらノートを広げていた。
 彼はあまり人に近づかないタイプなのに、今日はわたしの様子をチラチラと見ている。

「……美桜、大丈夫?」
 ぶっきらぼうに声をかけるけど、その目はやさしかった。

「うん、大丈夫。ありがとう」
 わたしは笑顔で答えた。
 でもその瞬間、心の中で小さくつぶやく。

(本当は大丈夫じゃないのに……)

 その夜、家に帰ると、またノートを開く。
 昨日より少し詳しく、自分の願いを書き込んでいく。

――好きな人と花火を見たい
――絵本を完成させてみたい
――友達とたくさん笑いたい

 書いていると、胸の奥のもやもやが少しずつ落ち着いてくる気がした。



 翌日も、学校では笑顔を作る。
 陽翔くんはわたしを遠くから見て、時々小さく眉をひそめる。
 でも、何も言わない。
 それがわたしには、少しだけ安心できる時間だった。
ある昼休み。教室の窓際の席で、わたしは小さなノートを開いた。
 鉛筆を握る手がわずかに震える。

(今日も、いろんなことがあったな……)

 ページに、昨日よりも詳しく書き込む。

――陽翔くんが教室で声をかけてくれた
――千景とおしゃべりして笑った
――廊下で転びそうになったけど、誰も気づかずに済んだ

 書いていると、少しだけ気持ちが軽くなる。
 でも、それはあくまでノートの中だけのこと。



 放課後。
 教室の掃除をしていると、陽翔くんが近づいてきた。

「……そのノート、面白そうだな」
 彼はぶっきらぼうに言ったけど、手元のノートをちらっと覗こうとする。

「だ、だめだよ! これは秘密だから!」
 思わず手で守ると、彼は少し笑った。

「……へえ、秘密か。じゃあ俺には関係ないな」
 でもその顔は、少し楽しそうで、わたしは胸がきゅっとなる。

 ――こんなに誰かの視線を意識したのは初めてだった。



 家に帰ると、またノートを開く。
 願いのリストはどんどん増えていく。

――友達と遠足に行きたい
――絵本を一冊完成させたい
――陽翔くんともっとおしゃべりしたい(心の中だけの秘密)

 書くたびに胸が熱くなる。
 でも、ノートの外では、また笑顔で普通を装わなきゃいけない。



 翌日。学校の廊下で、陽翔くんがふと声をかけた。

「美桜、こっち来い」

 ぎこちなく近づくと、彼はわたしの落とした消しゴムを持っていた。

「……ありがと」
 思わず笑顔で受け取ると、陽翔くんは少しだけ顔を赤らめてそっと手を離した。

(……なんで、こんなにドキドキするんだろう)

 その瞬間、わたしの胸はぎゅっと締め付けられるようだった。



 放課後、机に向かうと、今日あった小さな出来事もすべてノートに書き込む。

――陽翔くんが消しゴムを拾ってくれた
――千景と笑い合った
――少しだけ、普通の女の子でいられた瞬間

 ページが埋まるほど書き込むたび、胸の奥の痛みは少し和らぐ。
 でも、ノートを閉じると、また現実が戻ってくる。

(……まだ、秘密は誰にも言えない)

 窓の外では、秋の風がさらさらと木の葉を揺らす。
 それを見ながら、わたしはそっと鉛筆を置いた。

 今日も、笑顔で嘘をついた――でも、ノートの中では、ほんとの気持ちを書けた。
ある放課後、教室にひとり残ったわたしは、机の上にノートを広げた。
 夕陽が差し込んで、ページがオレンジ色に染まる。

 今日もいろんなことがあった――
 笑ったこと、ちょっと泣きそうになったこと、陽翔くんの視線。

 鉛筆を握る手は少し震えていたけど、思いのままに文字を書きつける。

――友達ともっと笑い合いたい
――陽翔くんと一緒に過ごす時間を増やしたい
――秋の風に当たりながら、好きな景色を見たい

 書くたびに胸が熱くなる。
 だけど、ページを閉じると現実が戻ってくる。
 笑顔を作らなきゃ、普通の女の子としていられない。



 翌日、廊下で陽翔くんとすれ違う。

「……あ、消しゴム、また落としたぞ」
 小さく声をかけると、彼は無言で拾って手渡してくれる。
 わたしは思わず「ありがとう」と笑顔で返す。

 その時、胸の奥がぎゅっとなる。
(……普通の女の子として、こうして見てもらえるんだ)

 でも、その裏には、誰にも言えない秘密がある――
 まだ知られてはいけない、わたしの本当の時間。



 家に帰ると、兄の悠斗が静かに座っていた。

「今日も学校、元気だったか?」
「うん、千景といっぱい笑ったよ」
 笑顔で答えながら、心の中で泣きそうになる。

 お兄ちゃんは黙ってうなずき、わたしの手をぎゅっと握った。
 優しさに包まれると、胸が痛くなる。

(……普通に過ごすことって、こんなに嬉しいんだ)



 その夜、ノートを開くと、今日あったことをすべて書き込む。

――陽翔くんが消しゴムを拾ってくれた
――千景と笑い合った
――夕陽の中、ちょっとだけ切ない気持ちになった

 ページが埋まるたび、少しずつ心が落ち着く。
 でも現実は変わらない。あと一年しかない、わたしの時間。

 それでも、ノートの中では、わたしは自由だった。
 笑いたいだけ笑える、泣きたいだけ泣ける。



 翌日、学校の休み時間。
 陽翔くんが、ふと声をかけてきた。

「……美桜、ちょっと一緒に帰るか?」
 低く、ぶっきらぼうだけど、いつもよりやわらかい声。

「えっ……う、うん!」
 思わず答えると、彼は小さく笑った。

 歩きながら、肩が触れそうになる距離で並ぶ。
 言葉は少ないけれど、なんだか安心する。

(……こうして普通に一緒にいられるだけで、幸せなんだ)

 夕陽に染まる街並みを見ながら、わたしは心の中でつぶやく。

「普通の女の子でいられるって、やっぱり嬉しい」
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