君と描く最後のページ
第4章 誰にも見せない涙
夕暮れ。
 わたしは学校からの帰り道、風に揺れる木々を見上げながら歩いていた。

 笑顔で友達と別れ、陽翔くんと少しだけ並んで帰ったあとでも、胸の奥のざわつきは消えない。
(今日も、普通の女の子でいられた……かな)

 家のドアを開けると、静かなリビングに兄・悠斗が座っていた。
 わたしを見て、いつもの穏やかな笑顔を向ける。

「おかえり、美桜」

 その声だけで、胸がぎゅっとなる。
 笑顔で「ただいま」と返すけれど、心の奥では涙がこぼれそうだ。

 悠斗は黙ってわたしの荷物を受け取り、椅子に座るよう促す。
 わたしは小さく頷き、隣に座った。



「今日の学校は、どうだった?」
 兄の質問に、わたしは少し間を置いて答える。

「うん……楽しかったよ」
 笑顔で言うと、悠斗は何も言わずにただ頷いた。

 でもその瞳の奥には、いつも見えない哀しみが潜んでいるのを、わたしは知っている。
(……お兄ちゃんも、知ってるんだ)

 小さなため息をつき、わたしはそっと手を握った。
 その温かさが、胸の奥の痛みを少しだけ和らげる。



 夜、ベッドに横たわると、学校で作った笑顔が重くのしかかってくる。
 ノートに書いた願いを思い出しながら、そっと枕に顔をうずめた。

「……わたし、普通に過ごしたいだけなのに」

 涙が一粒、頬を伝う。
 でも、その涙は誰にも見せられない。
 笑顔の裏側には、いつもこの小さな秘密の涙があった。



 ある晩、悠斗がそっと部屋に入ってきた。

「美桜、起きてるか?」

 わたしは布団の中で頷くだけ。
 悠斗は静かに隣に座り、手を握ったまま言う。

「……辛かったんだな」

 わたしは胸がいっぱいになって、言葉が出ない。
 でも悠斗は、無理に聞き出そうとはしなかった。
 ただそばにいてくれるだけで、涙は少しずつ収まる。



 その夜、心の中でつぶやく。

(お兄ちゃんには全部、知られちゃってるんだ……)

 でも、それでいい。
 誰にも見せない涙を、少しだけ分かってくれる存在がいる。
 それだけで、わたしは少しだけ強くなれる気がした。



 翌日、学校。
 千景ちゃんやクラスメイトの前では、また笑顔を作る。
 陽翔くんも遠くから心配そうに見ている。

 でも、笑顔の裏には、昨夜の涙と悠斗との静かな時間が残っている。
 胸の奥でくすぶる痛みを抱えながら、わたしは今日も普通の女の子を演じる。



 放課後、陽翔くんがわたしに小さな声で言った。

「……無理して笑ってないか?」

 その問いかけに、胸がぎゅっとなる。
 笑顔で「大丈夫だよ」と答えるけれど、心の奥では泣きたい気持ちでいっぱいだ。

 歩きながら、そっと心の中でつぶやく。

(誰にも見せられないけど……涙は、ここにある)

ある放課後。教室にひとり残ったわたしは、机の上に小さなノートを広げた。
 鉛筆を握る手が少し震える。

(……今日は、何を書こう)

 学校であったこと、心に残ったことを少しずつ思い返す。
 陽翔くんの消しゴム拾ってくれたこと、千景ちゃんと笑ったこと、廊下で転びそうになった瞬間。
 文字にするたびに、胸の奥のもやもやが少しだけ落ち着く。



 ノートに書き込む手を止めた瞬間、背後から声がした。

「……それ、何書いてるの?」

 振り向くと、千景ちゃんがのぞき込んでいる。
 慌ててノートを胸に抱え、「な、なんでもない!」と笑顔を作る。

「ふーん、秘密かぁ」
 千景ちゃんはくすくす笑ったけれど、それ以上詮索しない。
 ほっと胸をなでおろすけど、心臓はまだ早く打っていた。

(……やっぱり、秘密は守らなきゃ)



 家に帰る途中、偶然陽翔くんと一緒になった。
 肩が少し触れるくらいの距離で歩きながら、彼はぶっきらぼうに聞く。

「放課後、何してた?」
「うーん、ちょっと絵を描いてた」
 思わず小さく笑って答える。

「……絵か」
 彼は言葉少なだけど、目は少しやわらかかった。
 その視線に、胸がぎゅっとなる。



 家に帰ると、ノートを開いて今日あったことを書き込む。

――陽翔くんと帰った
――千景と笑い合った
――少しだけ、普通の女の子みたいに過ごせた

 文字を追うたびに、心が温かくなる。
 でも、胸の奥にある秘密は消えない。
 普通に見える時間の裏には、いつも少しの痛みがある。



 その夜、ベッドに横たわると、今日の出来事が思い出される。
 陽翔くんの視線、千景ちゃんの笑顔、家でひとり泣いたこと。
 ノートの中では、ほんとの気持ちを書ける。
 それだけで、少しだけ安心できる。

(……明日も、普通の女の子でいられますように)

 小さくつぶやき、鉛筆を置く。
 窓の外では秋風がさらさらと音を立て、木の葉を揺らしていた。

 今日も、笑顔の裏に秘密を抱えながら、わたしは静かに眠りにつく。
教室に残ってノートを書いていると、ふと足音が近づいた。
 振り向くと、陽翔くんが立っていた。

「まだ残ってたのか」
 ぶっきらぼうに言うけれど、目はやわらかい。

「う、うん……ちょっとやりたいことを書いてて」
 小さく笑うと、彼は少し首をかしげた。

「……そんなの、俺には関係ないな」
 でも、隣に座ってきて、ノートをちらりと覗こうとする。
 慌てて胸に抱え、笑いながら「秘密だもん!」と答える。



 歩きながら帰るときも、陽翔くんは言葉少なだけど、時々手を貸してくれたり、ちょっとした気遣いを見せる。
 その度に、胸がぎゅっとなる。

(……普通の女の子として、こうして一緒にいられるなんて)

 家に帰ると、ノートを開いて今日あったことを書き込む。

――陽翔くんと歩いた
――千景と笑った
――窓から見た夕焼けがきれいだった

 文字を追うたび、胸が温かくなる。
 でも、裏には秘密の影がある。



 夜、ベッドに横たわりながら、今日のことを思い返す。
 陽翔くんの視線、千景ちゃんの笑顔、ノートに書いた願い。
 少しだけ、普通の女の子みたいに過ごせたことに、胸がいっぱいになる。

「……明日も、普通でいられますように」
 小さくつぶやき、目を閉じた。

 秋風の音が窓の外から届く。
 笑顔の裏にある秘密も、今日だけは静かに寄り添ってくれる気がした。
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