君と描く最後のページ
第5章 君の手に触れた日
夕暮れ。
 わたしは学校からの帰り道、風に揺れる木々を見上げながら歩いていた。

 笑顔で友達と別れ、陽翔くんと少しだけ並んで帰ったあとでも、胸の奥のざわつきは消えない。
(今日も、普通の女の子でいられた……かな)

 家のドアを開けると、静かなリビングに兄・悠斗が座っていた。
 わたしを見て、いつもの穏やかな笑顔を向ける。

「おかえり、美桜」

 その声だけで、胸がぎゅっとなる。
 笑顔で「ただいま」と返すけれど、心の奥では涙がこぼれそうだ。



 悠斗は黙ってわたしの荷物を受け取り、椅子に座るよう促す。
 わたしは小さく頷き、隣に座った。

「今日の学校は、どうだった?」
「うん……楽しかったよ」
 笑顔で答えると、悠斗は何も言わずにただ頷いた。

 でもその瞳の奥には、いつも見えない哀しみが潜んでいるのを、わたしは知っている。
(……お兄ちゃんも、知ってるんだ)



 小さなため息をつき、わたしはそっと手を握った。
 その温かさが、胸の奥の痛みを少しだけ和らげる。

 夜、ベッドに横たわると、学校で作った笑顔が重くのしかかってくる。
 ノートに書いた願いを思い出しながら、そっと枕に顔をうずめた。

「……わたし、普通に過ごしたいだけなのに」

 涙が一粒、頬を伝う。
 でも、その涙は誰にも見せられない。
 笑顔の裏側には、いつもこの小さな秘密の涙があった。



 ある晩、悠斗がそっと部屋に入ってきた。

「美桜、起きてるか?」

 わたしは布団の中で頷くだけ。
 悠斗は静かに隣に座り、手を握ったまま言う。

「……辛かったんだな」

 わたしは胸がいっぱいになって、言葉が出ない。
 でも悠斗は、無理に聞き出そうとはしなかった。
 ただそばにいてくれるだけで、涙は少しずつ収まる。



 その夜、心の中でつぶやく。

(お兄ちゃんには全部、知られちゃってるんだ……)

 でも、それでいい。
 誰にも見せない涙を、少しだけ分かってくれる存在がいる。
 それだけで、わたしは少しだけ強くなれる気がした。



 翌日、学校。
 千景ちゃんやクラスメイトの前では、また笑顔を作る。
 陽翔くんも遠くから心配そうに見ている。

 でも、笑顔の裏には、昨夜の涙と悠斗との静かな時間が残っている。
 胸の奥でくすぶる痛みを抱えながら、わたしは今日も普通の女の子を演じる。



 放課後、陽翔くんがわたしに小さな声で言った。

「……無理して笑ってないか?」

 その問いかけに、胸がぎゅっとなる。
 笑顔で「大丈夫だよ」と答えるけれど、心の奥では泣きたい気持ちでいっぱいだ。

 歩きながら、そっと心の中でつぶやく。

(誰にも見せられないけど……涙は、ここにある)

ある夜。部屋の明かりはほんのりと暖かく、窓の外では秋風が木の葉を揺らしていた。
 ベッドに横たわりながら、わたしは今日あった出来事を思い返す。

(陽翔くん、今日も何気なく手を貸してくれた……でも、何も知らないんだよね)

 胸がぎゅっとなる。
 笑顔で過ごす学校の時間と、家での静かな夜の時間。
 その差が、わたしの心をじわじわと締めつける。



 ドアがそっと開き、悠斗が入ってきた。

「……まだ起きてたのか」
「うん……ちょっと眠れなくて」

 悠斗はベッドの脇に座り、そっと手を握った。
 その温かさだけで、わたしの胸の痛みが少し和らぐ。

「美桜、辛いことがあったら、無理に隠さなくていいんだぞ」
 その言葉に、涙がこぼれそうになる。

「……でも、笑顔でいないと、普通の女の子じゃなくなる気がして」
 小さな声でつぶやく。

 悠斗は黙ってうなずく。
 その目には、言葉以上の理解と優しさがあった。



 わたしは静かに泣きながらも、悠斗の手を握り返す。
 誰にも見せない涙を、兄だけが受け止めてくれる瞬間。
 それだけで、少しだけ強くなれる気がした。

 しばらくして、悠斗はそっと立ち上がる。

「明日は学校だ。無理せず、笑顔でいろよ」
「うん……ありがとう、お兄ちゃん」

 窓の外の秋風が、やさしく部屋の中に吹き込む。
 その風に混ざるように、わたしの涙も静かに落ち着いた。



 翌日、学校。
 千景ちゃんやクラスメイトの前では、また笑顔を作る。
 陽翔くんも遠くから心配そうに見ている。

 でも胸の奥には、昨夜の涙と悠斗との静かな時間が残っている。
 それを抱えたまま、今日も普通の女の子を演じる。

 廊下を歩くと、陽翔くんが小さく声をかけた。

「……美桜、無理して笑ってないか?」

 笑顔で「大丈夫」と答えるけれど、胸の奥では泣きたい気持ちがまだ残っている。

 放課後、ノートを開いて今日のことを記す。

――陽翔くんと少し話した
――千景と笑い合った
――家でひとり泣いた

 文字にすると、気持ちが整理される。
 でも現実は変わらない。秘密はまだ、誰にも言えないまま。
翌日の放課後。
 教室の片隅でノートを書きながら、わたしは今日あったことを思い返す。

――陽翔くんと少し話せた
――千景と笑い合った
――家で泣いたけど、兄がそばにいてくれた

 文字にするたび、胸の奥が少し温かくなる。
 でも、秘密はまだ誰にも言えないままだ。



 その日の帰り道、陽翔くんと自然に一緒になった。
 肩が少し触れる距離で並びながら、わたしは小さくつぶやく。

「……今日も、普通の時間が過ごせたね」

 彼は黙ってうなずき、少し照れたように笑う。
 言葉は少ないけれど、その背中の安心感に胸がぎゅっとなる。

(……こうして一緒にいられるだけで、嬉しいんだ)



 家に帰ると、悠斗が静かに座っていた。

「学校はどうだった?」
「うん、楽しかったよ」
 笑顔で答えると、彼は何も言わずにそっと手を握った。

 その温かさだけで、わたしの胸の痛みが少し和らぐ。
 涙をこらえながらも、心の中でつぶやく。

(お兄ちゃんがいてくれるから、少しだけ強くなれる)



 夜、ベッドでノートを開くと、今日の出来事をすべて書き込む。

――陽翔くんと帰った
――千景と笑った
――家でひとり泣いた

 文字にすると気持ちが整理され、少し前向きになれる。
 でも現実は変わらない。秘密はまだ、誰にも言えないままだ。

 窓の外に吹く秋風に耳を澄ませながら、わたしはそっと鉛筆を置いた。

(……明日も、笑顔でいられますように)

 涙はまだ胸の奥にあるけれど、兄と陽翔、千景との小さな時間が、わたしを支えてくれる。
 秘密を抱えながらも、今日も少しだけ前に進めた気がした。
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