君と描く最後のページ
第7章 それでも隣にいたい
ある日の放課後、教室の窓から差し込む夕陽はオレンジ色に染まり、長い影を落としていた。

 わたしは席に座り、ふらふらと鉛筆を握っていた。
 胸が少し重くて、息が浅くなる。
 でも、誰にも心配をかけたくなくて、笑顔を作る。

(……大丈夫、大丈夫だよ)



 その時、突然、世界が揺れるような感覚に襲われた。
 目の前が真っ白になり、膝から力が抜けて倒れそうになる。

「美桜!」

 陽翔くんの声が聞こえ、両手で支えられる。
 その温もりに触れながらも、わたしは声を出せない。

 彼の目に、驚きと心配が浮かぶ。
 そして、わたしの小さな手に触れた瞬間、何かに気づいたように息をのむ。



 陽翔くんはわたしを抱き起こし、落ち着かせようとする。
 その目は真剣で、いつものぶっきらぼうな雰囲気は消えていた。

「……薬……?」
 彼の口から漏れた言葉に、わたしは胸がぎゅっと締めつけられる。

(……もう、隠せない……)



 保健室まで抱えて運ばれる間、陽翔くんは一言も喋らない。
 でも、その腕の力強さが、わたしを安心させる。
 心臓が弱くて、いつ倒れるかわからないこと――
 それを、初めて彼に知られる瞬間だった。

 ベッドに横たわると、酸素マスクの向こうで自分の呼吸が浅く、早いことに気づく。
 でも、怖さよりも少しの安堵があった。
 陽翔くんがそばにいてくれる。



 保健室の静かな空気の中、陽翔くんは黙ったままわたしの手を握る。
 その手の温もりが、心の奥にじんわり届く。

「……美桜、なんで教えてくれなかったんだ?」
 ぶっきらぼうに、でも少し震える声で聞く。

 わたしは小さく首を振る。
「……だって、普通の女の子でいたかったから」

 涙がぽろりと頬を伝う。
 でも、泣き顔を見せることは、陽翔くんには必要ない気がした。
 彼にはただ、わたしの弱さを受け止めてほしかっただけだから。



 その日、陽翔くんはずっとそばにいてくれた。
 黙って手を握り、言葉少なに見守るだけ。
 でも、その沈黙が、わたしには心強く、温かかった。

(……陽翔くんも、わたしを受け止めてくれるんだ)

 心の奥で、少しずつ信頼と温かさが広がる。
 秘密が明かされて、少し怖い気持ちもあったけれど、彼の存在がわたしを支えてくれた。



 翌日、学校。
 陽翔くんは何も言わず、でもいつもより少し優しい視線で見てくる。
 わたしはまだ完全には回復していないけれど、彼の存在だけで普通に笑顔を作れる気がした。

(……これからも、隣にいてくれるんだね)

 胸の奥に、ほんの少しだけ切なさと温かさが混ざる。
 秘密を知った人がそばにいる――その事実が、わたしを少し大人にしてくれる気がした。
 翌日の放課後。
 教室の窓から差し込む光は柔らかく、長い影が机の上に伸びている。

 わたしは机に向かい、ノートにやりたいことを書き込む。
 心臓の奥が少し重くて、息が浅くなる瞬間もあったけれど、笑顔を作って普通の時間を過ごす。

(……陽翔くん、昨日はありがとう)

 足音が近づき、陽翔くんが静かに隣に座る。

「……宿題、手伝うぞ」
 ぶっきらぼうだけど、その声には優しさが滲む。
 わたしは小さく笑い、鉛筆を握る手を動かす。



 宿題を一緒にやりながら、陽翔くんの視線を感じる。
 ちらりと薬の入った小さな袋を見たような気がしたけれど、わたしは平静を装う。

(……知らないふりしてくれてるんだ)

 彼は口を開かず、でも時折手を貸してくれる。
 その距離感が、安心感と少しの切なさを同時に与える。



 帰り道、二人で歩く。
 肩が触れそうな距離で並びながら、自然に手をつなぐ陽翔くん。
 わたしは一瞬躊躇したけれど、そっと手を重ねる。

 胸の奥がぎゅっとなる。
 知らないふりをしてくれる彼の優しさが、こんなにも温かいなんて思わなかった。

(……この時間が、ずっと続けばいいのに)



 家に帰ると、悠斗が静かに座っていた。

「学校はどうだった?」
「楽しかったよ」
 笑顔で答えると、彼はそっと手を握り、無言でうなずく。
 その温もりに、今日の緊張が少しほぐれる。

 夜、ベッドに横たわり、ノートを開く。
 今日の出来事を文字にして心を整理する。

――陽翔くんが寄り添ってくれた
――知らないふりをしてくれてる
――手をつないだ瞬間、心が温かくなった

 文字にするたび、胸が少し軽くなる。
 窓の外の夜風がさらさらと揺れ、静かな安心感を運んでくれる。



 その夜、そっとつぶやく。

(陽翔くんは、知っていても知らないふりをしてくれるんだ)

 胸の奥で、温かさと切なさが混ざり合う。
 秘密を抱えながらも、普通の時間を共有できる喜びが、わたしを少しずつ強くしてくれる。

 眠りにつく前、わたしは小さくつぶやく。

「……これからも、隣にいてくれるよね」

 その言葉に、夜の静けさが優しく応えてくれるようだった。

冬の初め、校庭にはうっすらと雪が積もっていた。
 教室の窓から見える白い世界に、わたしの胸は少しわくわくする。

 放課後、陽翔くんと二人、校舎の隅を歩く。
 足跡が雪に残り、ふわりと舞い上がる雪の粒が頬に触れる。

「……寒くないか?」
 ぶっきらぼうだけど心配そうに聞く陽翔くん。

「ううん、大丈夫だよ」
 笑顔で答え、手を少しだけ握り返す。
 その温かさに、胸がぎゅっとなる。



 二人で校舎に忍び込み、雪の校庭を眺めながら小さな冒険気分を味わう。
 雪の上を歩く音、冷たい空気、手の温もり――
 すべてが特別で、普通の時間の尊さを改めて感じる。

(……こうして一緒にいられるだけで、幸せなんだ)

 陽翔くんは何も言わず、ただそばに立っている。
 でもその存在だけで、わたしの胸の奥は静かに満たされる。



 教室に戻ると、千景ちゃんが心配そうに待っていた。

「美桜、大丈夫?」
「うん、全然平気だよ」
 笑顔で答えると、千景ちゃんも少し安心したように微笑む。

 その日の帰り道、陽翔くんがそっと肩に手を回してくれる。
 知らないふりをしながらも、支えてくれるその優しさに、わたしは胸が熱くなる。



 家に帰ると、悠斗が温かい飲み物を用意して待っていた。
 手を差し伸べる彼の存在は、日常の中の小さな奇跡のように感じる。

 夜、ベッドに横たわり、ノートを開く。
 今日の出来事を書き込みながら、心を整理する。

――雪の校庭で陽翔くんと歩いた
――手の温もりが胸に残っている
――秘密を抱えたままでも、一緒に過ごせる時間が嬉しい

 文字にすると、胸の奥の温かさがさらに増す。
 窓の外には雪が降り続き、静かな夜を包み込む。



 その夜、そっとつぶやく。

(秘密を抱えながらも、陽翔くんと一緒にいられる幸せを、大切にしたい)

 胸の奥に広がる温かさと切なさが、わたしを少しずつ強くしてくれる。
 雪の冷たさを忘れるほど、手のぬくもりと心の温かさに包まれて眠りについた。
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