旦那様は秘書室の向こう側で ―社内極秘溺愛契約―

第11章 その後の波紋

 パーティーが終わり、帰りの車に乗り込むまでの間、私はずっと視線にさらされていた。
 役員、同僚、取引先——皆が驚きと好奇心を隠せない顔をしていた。

「……すごい注目でしたね」

 後部座席でため息をつくと、隣の颯真が口元だけで笑う。

「当然だ。社内の誰も、俺が結婚しているなんて知らなかったんだからな」

「知らなかった、じゃなくて……隠してたんじゃないですか」

「隠していたのはお前を守るためだ。……だが、もう必要ない」

 言い切る声に、胸の奥が熱くなる。
 彼は私の手を取り、指先に軽く唇を落とした。



 翌朝、出社すると秘書課は小さな騒ぎになっていた。
 同僚たちが机を寄せ合い、ひそひそと話している。

「……やっぱり、奥さんは彩花さんだったのね」

「いつも冷たそうにしてたのに、水面下でそんな……」

 気まずくなりかけたところで、颯真が常務室から現れた。
 全員の視線が一斉に向かう。

「おはよう。……彩花、来い」

 ためらう暇もなく呼ばれ、彼の隣に立たされる。
 颯真は淡々と、しかしはっきりと告げた。

「昨日発表した通り、彼女は私の妻だ。公私の区別はつけるが、彼女に対して無用な詮索は控えてほしい」

 静まり返った空間に、その低い声が響く。
 次の瞬間、同僚たちが一斉に「おめでとうございます」と笑顔を向けてきた。



 昼休み。
 給湯室でお茶を淹れていると、背後から腕が回された。

「っ……颯真さん!」

「誰もいない。……こうして抱きしめるのを、ずっと我慢してた」

「職場ですよ……」

「職場でも、俺の妻だ」

 耳元に落とされた声が甘くて、抗えない。
 昨日まで“隠れ旦那様”だった人が、今は堂々と私を抱きしめている——その事実に、頬が熱くなる。

「これからは、公然と甘やかすから覚悟しておけ」

 そう言って、彼は私の額に軽く口づけた。
 社内のざわめきも、取引先の視線も、もう何も怖くなかった。
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