旦那様は秘書室の向こう側で ―社内極秘溺愛契約―

第12章 新しい日常

 颯真が私たちの関係を公表してから、二週間が経った。
 社内では最初こそ好奇の視線が向けられたが、それも次第に落ち着き、今では自然に受け入れられている。

 昼休み、私が会議資料を抱えて廊下を歩いていると——

「彩花、こっちだ」

 颯真の声がした。
 振り向くと、常務室の扉の前に立つ彼が、当たり前のように手招きしている。
 以前なら人目を避けていたその仕草が、今は堂々としていて、少し誇らしい。



「午後の会議まで時間がある。……一緒に昼を食べよう」

「会議の準備は——」

「それも一緒にやればいい」

 当然のように隣に並び、社員食堂へ向かう。
 周囲の視線を感じても、もううつむくことはなかった。

 席に着くと、颯真がトレイを受け取って、私の分のスープを注いでくれる。

「こういうの、職場じゃできなかっただろう?」

「……そうですね」

「これからは、全部できる」

 当たり前のように言う声が、心の奥まで温かく染み込んでいく。



 夜、自宅。
 仕事終わりに二人で寄ったスーパーの袋をキッチンに置くと、颯真がエプロンを手渡してきた。

「今日は一緒に作ろう」

「常務が、ですか?」

「常務じゃない。夫としてだ」

 エプロンの紐を後ろで結んでくれる手が優しい。
 そしてそのまま腰を引き寄せられ、耳元で囁かれた。

「俺の隣にいてくれて、ありがとう」

「……こちらこそ」

 振り返ると、彼の瞳が柔らかく細められた。
 冷徹な上司も、独占欲の強い旦那様も——全部が私の大切な人。



 鍋から湯気が立ち上る。
 その温もりと同じくらい、私たちの新しい日常は甘く、そして確かなものだった。

「これからはずっと、隠さない。……いいな?」

「はい」

 微笑みを交わし、私は頷いた。
 ——こうして、“隠れ旦那様”だった彼との日々は、堂々と隣に立つ日常へと変わっていった。
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