旦那様は秘書室の向こう側で ―社内極秘溺愛契約―

第4章 取引先御曹司との出会い

 翌週の水曜日。
 颯真は朝から外部役員会議のため、私は代理で午後の打ち合わせに出席することになった。
 場所は、都心の高層ホテルのラウンジ。
 ここで、長年取引のある久遠グループの担当者と顔合わせを行う。

「——篠崎常務の秘書の彩花さん、ですよね?」

 呼びかけに顔を上げると、そこにはスーツ姿の若い男性が立っていた。
 明るい茶色の瞳と人懐こい笑み。
 名刺を受け取ると、そこには「久遠玲央」とある。

 ——久遠グループの御曹司。
 社内報でもよく名前を見かける、あの人。

「お噂はかねがね。秘書課でも評判ですよ、彩花さんが一番しっかりしてるって」

「……恐縮です。今日はお時間をいただきありがとうございます」

 業務的に返すつもりだったが、玲央は椅子に腰を下ろすと、あっさりと距離を縮めてきた。

「こんな綺麗な人が隣にいたら、篠崎常務も仕事がはかどるでしょうね。……あ、笑ってくれた」

「いえ、そんな——」

「今度、仕事抜きでランチでもどうですか?」

 さらりと誘ってくるその口調に、返答に迷っていると——

「お断りだ」

 背後から低い声が落ちた。
 心臓が跳ね、振り返ると、颯真が立っている。
 予定より早く会議を終えて戻ってきたらしい。

「常務……」

「この打ち合わせは、私が引き継ぐ。彩花、資料を」

 業務的な口調だが、その視線は明らかに冷たい。
 玲央は一瞬目を細め、しかしすぐ笑顔を作った。

「さすが常務、護衛が早いですね」

「護衛ではない。——部下を守るのは上司として当然だ」

 短いやり取りの中に、鋭い火花が散るのを感じた。



 帰宅後。
 リビングに入ると、颯真はジャケットを脱ぎ、ワイングラスを片手に窓辺に立っていた。

「……あの御曹司、馴れ馴れしいな」

「ただの挨拶です。お仕事で——」

「仕事であっても気に入らない」

「……職場では他人なのに?」

 皮肉めいた言葉に、彼の眉がわずかに動く。
 そして一歩近づき、私の顎を指先で持ち上げた。

「他人じゃない。お前は——俺の妻だ」

 その言葉の重みと、真っ直ぐな視線に、息が詰まる。
 ——この人は、私をどこまで守るつもりなのだろう。
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