旦那様は秘書室の向こう側で ―社内極秘溺愛契約―
第5章 嫉妬の火種
あの日以来、久遠玲央は何かにつけて私に近づいてきた。
社内の廊下で偶然を装ったり、エレベーターで乗り合わせたり——あまりに頻繁で、偶然とは思えない。
「彩花さん、今日もお綺麗ですね。会議室までご一緒しても?」
出社三日後の朝、またも廊下で声をかけられた。
私は業務用の笑顔を浮かべて頷く。
「ありがとうございます。でもこの後、常務の予定で——」
「篠崎常務ばかりじゃもったいないですよ。たまには息抜きもしないと」
その言葉にどう返すべきか迷った瞬間——
「息抜きなら、俺が連れていく」
背後から低く鋭い声。
振り向くと、颯真がこちらに歩いてくる。
玲央の笑顔が一瞬固まり、すぐに軽く肩をすくめた。
「それはそれは……ではまた後ほど」
玲央が去ったあと、颯真は無言で私を会議室とは逆方向の廊下へと促した。
「……何をしてる」
人気のない資料室に入るなり、颯真は低い声で問いかける。
腕を掴む力は強くないのに、逃げられない。
「何って……業務上の会話をしていただけです」
「業務上? あの男の視線がどんなものか、気づかないわけじゃないだろう」
「……颯真さん、職場では——」
「職場では? 俺は上司だ。部下を危険から守るのは当然だろう」
「危険って……そんな大げさな——」
「お前は自覚がない。だから余計に腹が立つ」
吐き捨てるような言葉とは裏腹に、その手は背中に回り、私を抱き寄せる。
胸板越しに聞こえる心臓の音が、少し早い。
「……俺の妻だってことを忘れるな」
「忘れてません。でも——」
「でも?」
「……そんな風に言うなら、いっそ公表すればいいじゃないですか」
沈黙。
颯真の目がわずかに揺れ、それからまた冷たい色を取り戻す。
「まだ、その時じゃない」
理由を言わないまま、彼は私の髪を一撫でして離れた。
その背中に、何かを隠している影が見えた気がした。
社内の廊下で偶然を装ったり、エレベーターで乗り合わせたり——あまりに頻繁で、偶然とは思えない。
「彩花さん、今日もお綺麗ですね。会議室までご一緒しても?」
出社三日後の朝、またも廊下で声をかけられた。
私は業務用の笑顔を浮かべて頷く。
「ありがとうございます。でもこの後、常務の予定で——」
「篠崎常務ばかりじゃもったいないですよ。たまには息抜きもしないと」
その言葉にどう返すべきか迷った瞬間——
「息抜きなら、俺が連れていく」
背後から低く鋭い声。
振り向くと、颯真がこちらに歩いてくる。
玲央の笑顔が一瞬固まり、すぐに軽く肩をすくめた。
「それはそれは……ではまた後ほど」
玲央が去ったあと、颯真は無言で私を会議室とは逆方向の廊下へと促した。
「……何をしてる」
人気のない資料室に入るなり、颯真は低い声で問いかける。
腕を掴む力は強くないのに、逃げられない。
「何って……業務上の会話をしていただけです」
「業務上? あの男の視線がどんなものか、気づかないわけじゃないだろう」
「……颯真さん、職場では——」
「職場では? 俺は上司だ。部下を危険から守るのは当然だろう」
「危険って……そんな大げさな——」
「お前は自覚がない。だから余計に腹が立つ」
吐き捨てるような言葉とは裏腹に、その手は背中に回り、私を抱き寄せる。
胸板越しに聞こえる心臓の音が、少し早い。
「……俺の妻だってことを忘れるな」
「忘れてません。でも——」
「でも?」
「……そんな風に言うなら、いっそ公表すればいいじゃないですか」
沈黙。
颯真の目がわずかに揺れ、それからまた冷たい色を取り戻す。
「まだ、その時じゃない」
理由を言わないまま、彼は私の髪を一撫でして離れた。
その背中に、何かを隠している影が見えた気がした。