旦那様は秘書室の向こう側で ―社内極秘溺愛契約―

第7章 閉ざされた扉の向こう

 金曜の夜。
 月末処理で遅くなった私は、社内で数少ない残業組だった。
 外は雨。駅までの道を歩くのが億劫で、エントランスでタクシーを呼ぼうとスマホを取り出した、その時——

「彩花さん」

 背後からかけられた声に振り向くと、そこには久遠玲央が立っていた。
 傘を片手に、にこやかな笑顔。だが、その目の奥には妙な光がある。

「遅くまでお疲れさま。送っていくよ」

「いえ、大丈夫です。タクシーを——」

「いいから。話したいことがある」

 そう言うと、玲央は私の腕を掴み、そのまま引き寄せた。
 突然の力強さに抵抗しようとするが、彼は驚くほど力が強い。

「——やめてください!」

「少しだけでいい。俺の話を聞いてほしいんだ」

 そのまま連れて行かれたのは、隣接する久遠グループ所有のビル。
 最上階の応接室に押し込まれ、鍵をかけられる。



「こんなこと、していいと思ってるんですか!」

「いいんだよ。俺は本気だ。……あんたを篠崎から奪う」

「……っ!」

 冗談だと笑い飛ばそうとしたが、その瞳は本気だった。
 玲央はゆっくりと歩み寄り、私の行く手を塞ぐように壁際へ追い込む。

「仕事中もプライベートも、いつもあんたは彼のことしか見てない。そんなの耐えられない」

「だからって……こんなやり方——」

「俺の方が幸せにできる」

 ——怖い。
 彼の言葉よりも、その視線と行動が恐ろしかった。



 その時、廊下から足音が響いた。
 硬質な革靴が床を叩く音。
 次の瞬間、重い扉が勢いよく開く。

「……そこから離れろ」

 低く冷たい声。
 颯真が立っていた。
 いつもの整ったスーツ姿なのに、その目は氷のように鋭い。

「お前……どうやって——」

「鍵なんか意味がない。俺の妻に指一本触れるな」

 颯真が一歩踏み込むと、室内の空気が一変する。
 玲央は顔色を変え、私の腕を放した。

「連れ去り、監禁——立派な犯罪だ。すぐに処理する」

 颯真の低い声に、私は初めて全身の力が抜けるのを感じた。
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