戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~

第19話 癒しは力じゃない、想いなんだ

 午後、王都フェルグレイの西側石畳の並ぶ通りの外れ。
 そこに、小さな仮設の診療所があった。
 もともとは穀倉庫だった建物を転用したその場所に、セラフィーナは薬師たちと共に足を踏み入れていた。

「……ここが、今日の診療場所ですか?」

 隣にいた若い女薬師が頷く。
 耳元に狼のような毛並みの耳がぴくりと動いた。

「今日は、子どもと年寄りが多いはず……疫病じゃないけど、季節の変わり目は体調を崩す者が増えるからな」

 声はぶっきらぼうだったが、どこか真面目さがにじんでいた。

 セラフィーナは診療所に入ると、思わず足を止めた。
 獣人、そして人間の市民たちが、整然と並び診察を待っていた。
 顔に不安を浮かべた幼子を抱いた母親、手を引かれる老人。
 そのどれもが、セラを見るとほんの少し緊張したように目を伏せた。

(……人間の『聖女』が来たと聞いて、きっと警戒しているのね)

 無理もない。
 彼女自身、この国に来るまでは獣人は人とは相容れないと教えられて育った。
 けれど、今目の前にいる彼らは──ただ誰かに助けてほしい、弱った人々にすぎなかった。

 セラフィーナは膝をついた。

「こんにちは。お名前聞いてもいいかな?」

 最初に声をかけたのは、咳をしていた小さな男の子。
 母親が戸惑ったように止めようとしたが、セラの柔らかな声に警戒心が和らぐ。

「ぼくは、リオ」
「リオくん、頑張って診てもらいに来たんだな……すごいぞ」

 セラフィーナは微笑み、男の子の小さな手をそっと包み込む。
 まだ、祈りの力は使わない。
 ただ、「痛いところはどこ?」「眠れてる?」と優しく問いかけ、視線を合わせる。
 それだけで、リオは恥ずかしそうに笑い、咳き込むのを忘れたように肩を揺らした。

「──ふむ。珍しいな、『力』を使わんのか?」

 後ろで見ていた年配の薬師が、ぼそりと漏らした。

「……ええ、必要なら使います。でも、それよりもまず『安心』を届けたいんです」

 セラは立ち上がり、頭を下げるように言った。

「癒すことは、魔力だけじゃないと思うから──」

 その日の診療は続いた。
 痛みを訴える老婆には、薬師が薬草茶を渡しセラフィーナが背中をさする。
 足をひねった子どもには包帯を巻く合間に、昔話を一つ。

「こんな風に、魔力のない人間でもできることがあるって、思い知らされるわね」

 女薬師がぼそりと呟いた。

「え……?」
「別にあんたを嫌ってるわけじゃない。最初は警戒してたけど……見てたらわかる。あんた『私たち』を見下してないから」

 セラは一瞬、言葉を失った。

「……そう見えたなら嬉しいです。だって、私も同じだったから」
「同じ?」
「「ただ祈るだけの人間は役に立たない」って、言われて追放されましたから」

 少し笑って、肩をすくめる。

「……力さえあれば誰かを救えるって、ずっと思い込んでたんです。でも……それだけじゃ、届かない」

 静かにそのように呟いたその時──診療が一段落したころ、一人の老婆が立ち上がった。
 セラフィーナに近づき、静かに手を握る。

「あなたはその力を『受け入れてくれる』のね」

 セラフィーナの目が、見開かれた。

「それが一番ありがたいのよ。年を取ると、薬より、安心が効くのよ……ふふ」

 手を握られたまま、セラフィーナは言葉もなく、ただ頷いた。

(……私は、癒していたつもりだったが……今は……人の心に触れるって、こういう事なんだな)

   ▽ 

 診療所の外に出たとき、空は夕焼けに染まっていた。
 セラフィーナは少しだけ空を見上げ、女薬師に声をかけた。

「今日、ありがとうございました……また、来てもいいですか?」

 女薬師は、少し間を置いてふいと顔を逸らしながら答えた。

「……勝手に来ればいいさ。どうせ患者は減らんし」

 その言葉に、セラフィーナはふわりと微笑んだ。

「……癒しの力が強いからすごいのではなく、誰かを救いたいと願う気持ちこそが、きっと……力になるんだと思います」

 それはまるで、自分自身に向けての言葉でもあった。

 そしてその祈りは静かに、フェルグレイの夕空に溶けていった。
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