戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第25話 クラウディアの『試し』
舞踏会の熱気と音楽に包まれたホールの片隅──煌びやかな灯りの届かぬ、静かな庭園の一角。
月光が水面に揺れる噴水の傍にセラフィーナは、ひとときの休息を求めてベンチに腰掛けていた。
(つ、疲れた……ボロが出そうでやばかったなぁ……)
そんな事を考えながら、死んだような顔をしてしまった。
優雅なドレスの裾をそっと整え、指先で緊張の余韻を解くように息をつく。
王の隣に立つこと。
無数の視線を浴びること──思った以上に、体力も心もすり減るものだった。
そんな事を考えながらいた時、細いヒールの音が砂利道の先から静かに響いた。
振り返ると、銀白の髪と毛並みが月を反射するように現れる。
白狐族の令嬢──クラウディア・レイゼンの姿だった。
完璧に整えられた姿。氷のように冷たい美貌。
けれどその微笑みには、どこか計算された柔らかさが滲んでいるかのように。
「まぁ、こんなところに――月が綺麗ですものね……舞踏会は、少し息が詰まりますわ」
「クラウディア様……ごきげんよう」
セラフィーナは立ち上がり、丁寧に一礼した。
クラウディアも優雅に首を傾けながら、傍らの石造りの縁に腰を下ろす。
そして、何気ないように視線を向ける。
──その視線は、まるで鏡のようだった。
こちらの内側を、静かに映そうとするもの。
「陛下のお隣、とてもお似合いでしたわ……でも」
その言葉に、わずかな間が差し込まれる。
「今宵はお披露目ですのよ?『契約』にしてはずいぶんと親しげでいらしたわね?」
語尾は柔らかく、丁寧。
けれどその真意は、探りと試しに満ちていた。
セラフィーナは一瞬だけ瞬きをし、そして静かに微笑んだ。
柔らかく、にじむような微笑。
だが、瞳の奥には確かな強さが宿っていた。
「……確かに陛下と私は『契約』の形で結ばれました。でも」
そっと、胸元の飾りに手を添える。
「それでも私は、この国の一員でありたいと思っています。この国の人たちに……手を差し伸べたい。ただ、それだけです」
その言葉には飾りも弁明もない。
ただ、真っ直ぐで、温かかった
クラウディアは一瞬、まぶしそうに目を細めた。
そしてすぐに、笑みを浮かべ直す。
「……あら。清らかでいらっしゃるのね。まるで、聖女のようですわ」
「……皆さんが笑顔でいられるのなら、それで十分です」
どこか芯のある声――それを聞いて、クラウディアは微かに眉を動かした。
(──この人は、『飾り』ではないのね)
想定よりも、はるかに真っ直ぐだった。
そして、王が隣に立たせた理由が──ほんの少しだけ、理解できた気がした。
クラウディアの唇が、形の良い微笑を描いた。
「……ふふ。つまらないことを申し上げましたわね……どうぞ、お気になさらず」
その声は柔らかく、けれど何処か言葉の行き場を探すように微かに揺れていた。
静かに立ち上がると、ドレスのすそがふわりと月光をすくう。
クラウディアはその場から一歩、また一歩と歩き出す。
「――それでは、また後ほど……舞踏会はまだ続きますものね」
振り返りはしない。
けれど、その背筋はほんの少しだけ、ためらいを抱えたように見えた。
完璧なはずの姿勢に、ごく僅かな影が落ちている。
それは、誰にも気づかれないように隠された素の輪郭のように。
セラフィーナは立ち上がることもなく、ベンチに座ったままただその背を静かに見送った。
言葉はかけなかった。
けれど──その視線は、確かに彼女に触れていた。
(あの人も……ずっと、戦ってきたのかもしれない)
優雅に去っていく白狐の姿。
その白さは、凛として美しい反面、孤独の色をしていた。
セラフィーナはゆっくりと目を伏せる。
庭園の風が、薄いショールをそっと揺らした。
──言葉の奥に隠された、ほんのわずかな痛み。
そして、微笑の裏にある孤独のようなものを彼女は確かに感じていた。
月光が水面に揺れる噴水の傍にセラフィーナは、ひとときの休息を求めてベンチに腰掛けていた。
(つ、疲れた……ボロが出そうでやばかったなぁ……)
そんな事を考えながら、死んだような顔をしてしまった。
優雅なドレスの裾をそっと整え、指先で緊張の余韻を解くように息をつく。
王の隣に立つこと。
無数の視線を浴びること──思った以上に、体力も心もすり減るものだった。
そんな事を考えながらいた時、細いヒールの音が砂利道の先から静かに響いた。
振り返ると、銀白の髪と毛並みが月を反射するように現れる。
白狐族の令嬢──クラウディア・レイゼンの姿だった。
完璧に整えられた姿。氷のように冷たい美貌。
けれどその微笑みには、どこか計算された柔らかさが滲んでいるかのように。
「まぁ、こんなところに――月が綺麗ですものね……舞踏会は、少し息が詰まりますわ」
「クラウディア様……ごきげんよう」
セラフィーナは立ち上がり、丁寧に一礼した。
クラウディアも優雅に首を傾けながら、傍らの石造りの縁に腰を下ろす。
そして、何気ないように視線を向ける。
──その視線は、まるで鏡のようだった。
こちらの内側を、静かに映そうとするもの。
「陛下のお隣、とてもお似合いでしたわ……でも」
その言葉に、わずかな間が差し込まれる。
「今宵はお披露目ですのよ?『契約』にしてはずいぶんと親しげでいらしたわね?」
語尾は柔らかく、丁寧。
けれどその真意は、探りと試しに満ちていた。
セラフィーナは一瞬だけ瞬きをし、そして静かに微笑んだ。
柔らかく、にじむような微笑。
だが、瞳の奥には確かな強さが宿っていた。
「……確かに陛下と私は『契約』の形で結ばれました。でも」
そっと、胸元の飾りに手を添える。
「それでも私は、この国の一員でありたいと思っています。この国の人たちに……手を差し伸べたい。ただ、それだけです」
その言葉には飾りも弁明もない。
ただ、真っ直ぐで、温かかった
クラウディアは一瞬、まぶしそうに目を細めた。
そしてすぐに、笑みを浮かべ直す。
「……あら。清らかでいらっしゃるのね。まるで、聖女のようですわ」
「……皆さんが笑顔でいられるのなら、それで十分です」
どこか芯のある声――それを聞いて、クラウディアは微かに眉を動かした。
(──この人は、『飾り』ではないのね)
想定よりも、はるかに真っ直ぐだった。
そして、王が隣に立たせた理由が──ほんの少しだけ、理解できた気がした。
クラウディアの唇が、形の良い微笑を描いた。
「……ふふ。つまらないことを申し上げましたわね……どうぞ、お気になさらず」
その声は柔らかく、けれど何処か言葉の行き場を探すように微かに揺れていた。
静かに立ち上がると、ドレスのすそがふわりと月光をすくう。
クラウディアはその場から一歩、また一歩と歩き出す。
「――それでは、また後ほど……舞踏会はまだ続きますものね」
振り返りはしない。
けれど、その背筋はほんの少しだけ、ためらいを抱えたように見えた。
完璧なはずの姿勢に、ごく僅かな影が落ちている。
それは、誰にも気づかれないように隠された素の輪郭のように。
セラフィーナは立ち上がることもなく、ベンチに座ったままただその背を静かに見送った。
言葉はかけなかった。
けれど──その視線は、確かに彼女に触れていた。
(あの人も……ずっと、戦ってきたのかもしれない)
優雅に去っていく白狐の姿。
その白さは、凛として美しい反面、孤独の色をしていた。
セラフィーナはゆっくりと目を伏せる。
庭園の風が、薄いショールをそっと揺らした。
──言葉の奥に隠された、ほんのわずかな痛み。
そして、微笑の裏にある孤独のようなものを彼女は確かに感じていた。